猫家のお便り

2006-11-02

ハードぼいるど・猫家の臭い 22:33

甘く温かな液体がボクの口中に広がる。

「ああ」思いもかけず溶けた思いが言葉となって口の端から漏れる。「気持ちいいよ。母さん。もっともっと、飲みたいな」

両手でもって精一杯、母さんの胸を交互に押してるうちに、いきなりボクはわれにかえった。頭は枕にしていた座布団からいつしか転がり落ちていた。

「こら、タイン!おまえ、まだ赤ちゃん気分が抜けんみたいだな。」

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振り向かなくてもわかった。家長ヤマトだ。ボクがこの家に引き取られてからずっと目を光らせている。彼の瞳は緑色に光る魔王の置物のようで、しゃがれた声は地を低く這うように辺りを震わせる。

そう、ここはもうボクの生まれた家ではないんだ。ある朝山に捨てられてしまったボクは「猫家」と呼ばれるこの家に辿り着いて、それ以来年功序列の厳しいこの家の一番末席に置いてもらっている。

「ここはおまえみたいな甘ちゃんがいられる場所と違うぞ。そりゃあオレらも子どもん時はあった。でもみんな生後ひと月も経たんで離乳したし、生まれて初めて食べたご飯は玄米だった」

恐る恐る振り返って見たら、案の定ヤマトが毛を膨らませた仁王様のように立っていて、その後ろに他の猫家のメンバーたちが強面で並んでいる。

「男ならいい加減玄米と魚のアラのご飯を最上と思え!実際それ以上のご馳走はこの家には無い。質実剛健が猫家のモットーだからな。それで足りなければ畑でネズミやモグラを探すんだ。それでこそ男は強くなり、猫の本分を真っ当に果たすというものだ」

ああ、わかってる。わかってるよ、ヤマト。でも新興住宅地で生まれ育ったボクには、自然に囲まれたこの環境が気持ちいい反面、時に肌を切り裂く北風のように痛く感じられてしまうんだ。

その時そんなボクの心を読んだように、ヤマトがふふっと笑った。

そして少しだけ声を落として付け加える。

「ああ、タイン。わかってるよ。おまえは確かに今は小さく怯えているけれど、でもいつまでもそうじゃない。そう。おまえにはどこか芯の強いところがある」

「ャ、ヤマト・・・」

ヤマトは優しくボクの背中を叩いて続ける。「心配するな。今のままでもおまえは充分大切な存在なのさ。ここにいるオレたちもみんな、かつてはおまえと同じような道のりを歩いてきたんだ」

そう、あの日のことを思うと心は遠くに飛んで、なんだか胸が震えるような気がしてしまう・・・

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タイン・・・タイン、たすけて・・・

遠くでボクを呼ぶ声でわれに帰った。あ、あれはマスキーだ。神社の裏手で、きっと隣りのコタローに追いかけられてるのかもしれない。急いで行かなくちゃ!

ボクは庭先の花壇をひと飛びに飛び越えてまっしぐらに門口へと向かう。もうボクの体は幼かったあの日のままじゃない。毛づやもよく敏捷で、肩から腿にかけてしなやかな筋肉が張り詰めている。

駆け出し際にあの時のヤマト言葉がふと脳裏によみがえる。

タイン、大丈夫。おまえはきっとやっていけるよ。近い将来、おまえがこの猫家を支えていく日が来ないとも限らない」

そう、ボクはタイン。ヤマトレオもロッキーも行ってしまった今では、ボクが猫家の大黒柱になったんだから。


参考:

http://c-u.g.hatena.ne.jp/PacoGarcia/20061031

http://c-u.g.hatena.ne.jp/h_cat/20061102/1162405221

h_cath_cat2006/11/03 09:14世代交代猫屋バージョン、お見事!
一枚目の写真の猫たちの表情が人間に見えてきます。本来あるべき社会の縮図、というか。

agricoagrico2006/11/03 18:07タインもこうして大黒柱になりました・・・といつものとおり言ってる場合じゃなくて、hiroizmさんの試みを自分なりにアレンジしているうちに、いつのまにかまたすっかり「猫家」になってしまいました。

しかしこの際考えてみたら、猫の世界って本当、生のハードボイルドですね。捨てられた者たちの寄せ集まりであるわが家だから尚のことそう思うのかもしれませんが。
もしかしたら現代、人間の生き方が軟弱になったから、ハードボイルドに惹かれるのかもしれません。

PacoGarciaPacoGarcia2006/11/03 21:58猫できたか。(笑
ヤマトに猫パンチの一発も放っていただき、タインが鼻血を出す、みたいなシーンが欲しかったところですが、やっぱアグリコさんは優しいなあ。(笑 ありがとう。

BOBOBOBOBOBO2006/11/03 22:03出だしの部分ですけど。
「毛布か何かをモミモミしながら半分寝ている猫」
でしょ?やっぱり小さい内はやるのかあ。

agricoagrico2006/11/04 19:48Paco Garciaさん>
そこのところが私の苦手な部分で、自由な発想、というか発想の遊びが少ないのです。このストーリーもノンフィクションを脚色しただけですから。
ハードボイルドとしては今ひとつ煮え切らなかったですかね。これからはハートボイルド(煮えきった心)を目指します。

agricoagrico2006/11/04 19:53BOBOBOさん>
あの動作は、(私の見るに)子猫が母親のオッパイを吸ってる時によくやります。たぶんおっぱいをもみもみして乳の出をよくしてるのだと思うんです。
そしてこの動作、生後何歳にもなったいっぱしの大人猫も、あまりに気持ちよくなった時にするんですよ。それをする時はもちろん、甘えた相手にしか見せないのですが。
彼らは考えない分、人間より素直なのですね。赤ちゃんの時の記憶は生きてる限り永久に消えないのでしょう。

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