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蒼月帖 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-07-10

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 交差点信号待ちをしていたら、私の足元に何かがぽとりと落ちた。火がついたままの煙草だった。飛んできた方向に目をやると、交差点のすぐそばの小路から一台の車が大路に出ようとしている。大路の車の波に乗ることにばかり気を取られている運転者は、煙草が思いのほか遠くへ飛んでしまったことにも、その飛んだ先の建物の陰に私が立っていることにも、もちろん私の動揺にも気づかずに車を大路へと滑り出させた。

 小学生の頃、道ですれ違った男性煙草が顔に当たりそうになったことがある。連れの女性との会話に気を取られていたその男性は、横を通り抜けようとした子供の私に気づかずにふいに右手を上げた。その指に挟まれていた煙草が私の顔を襲ったのだ。

 私はとっさに右手で顔をかばい、煙草は右手の甲を直撃した。熱いというよりも痛くて、その一瞬の激痛に声すら出なかった。男性はひどく気まずそうな顔をこちらに向けたものの、連れの女性が気づいていなかったせいか謝ることもせずに立ち去ってしまった。

 子供とはいえ、火傷をしたらすぐに冷やすことくらいは知っている。けれど、冷やせる場所を探し出すのはとても難しかった。ようやく見つけた公園の汚いトイレで必死に蛇口をひねったけれど、生ぬるい水には勢いもなく応急処置の役に立っているようにはとても思えない。仕方なく痛みをこらえて家に帰ったら、「なんでさっさと冷やさへんかったの」と母に叱られた。煙草のおじさんは謝ってくれなかった。お母さんは私の話を聞く前に怒り出した。痛かったのに。必死だったのに。

 その時の火傷の跡が、今も右手の甲に残っている。

 好きだとか嫌いだとかという以前に、私は煙草が怖い。煙草に対してそんな恐怖を感じる人間も世の中にはいるのだけれど、混んだ場所での歩き煙草や火のついた煙草の投げ捨てができる人には到底わかってもらえない感情なのだろうなと思う。だからこそ、今こうして目の前に煙を立てた煙草が転がっているのだ。

 立ち昇る煙を見ていると、あの火傷をした日の恐怖と惨めな気持ちが甦る。何だかひどく腹立たしくなって、私は八つ当たりするようにその煙草を踏み潰した。

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