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2007-06-24優れた聴き手が優れた音楽家でもあるとは限らない:『アマデウス』

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『アマデウス』

 昨年は、モーツァルト生誕250周年ということで、クラッシック音楽に滅法うとい私でも気が付くくらい、関連商品がなにやら盛り上がっているという感じがした。

 年も変わって大分経ったから、あえて、というわけではないが、モーツァルトおよび彼と対立関係にあったというアントニオ・サリエリを描いた映画 『アマデウス』 について、なんとなく。

 1984年の作品。『カッコーの巣の上で』、『ラリー・フリント』、『マン・オン・ザ・ムーン』等も手がけたミロシュ・フォアマン監督によるもの。好きな映画監督三人は? と尋ねられることがあれば、この人の名を入れるであろうというくらい、個人的にすきな監督。

(あとの二人は、ヴィム・ヴェンダース、レオス・カラックス、あたりか)

 この監督の作品ならばと勝手に信頼しているのだが、モーツァルトの音楽に詳しいわけではない。逆に、フラットな気持ちで作品に触れられるかな?という気もして、とりあえず観てみたのだが。

 三時間近くある長い作品であるが、モーツァルトとサリエリの対比が丁寧に描かれていて、飽きずに最後までたのしめた。

 幼いころから神童の名を欲しいままにしていた『天才』モーツァルト。そして、才能はあるのだが『天才』と比較したなら所詮は『凡人』となってしまうサリエリ。モーツァルトの類まれな才能に狂おしいまでの嫉妬をいだきながらも、モーツァルトの音楽に対しては愛を示す。

 思ったのは、サリエリの悲劇は、優れた音楽を聴き分けることができるところにあったのかもしれないということ。モーツァルトの作品を一度聴いただけで、その天賦の才能に愕然としてしまうほど、また、音を聴かずとも、モーツァルトの手による楽譜をひと目見ただけで、その神の調べのような美しさが分かってしまうほど、サリエリには、才能が、あった。

 けれど、それは、すばらしい音楽を認めることができる才能であって、彼自身がそのような音楽を作り出せるということではない。

 自ら作曲家であり、優れた音楽家でありたいと願いながらも、自分とは比べ物にならないほどの才能にあふれた人物が身近におり、そのすごさがおそろしいほど分かってしまう、というのは、いったいどんな気持ちなのだろう?

 優れた音楽を聴き分けることができるからといって、その人が優れた音楽を奏でることができるとは限らない。

 これは、他のいろんな芸術、表現手段にも言えるのではないか。

 優れた詩を理解できるからといって、その人が優れた詩を書くとは限らない。

 優れた絵を見分けることができるからといって、その人が優れた絵を描くとは限らない。

 優れた写真を見つけることができるからといって、その人が優れた写真を撮るとは限らない。

 ……



 たとえば、私がこうしてすばらしいと思う映画を紹介する。えらそうに、あれこれと講釈をたれる。もちろん、じぶんの見識に多少なりとも自信があるからこそ、ブログというツールを使って、自己表現として発信しているのだが、だからといって、私が同じレベルの映画を撮れるわけではない、というのが事実である。

 けれども、そこにかなしみは、ない。自分が映画を撮る才能がないことを認めているからだ。端からそんな能力があるとも思ったこともないし。しかし、自分が映画を撮る立場であったなら、ちがうのかもしれない、と思う。

 たとえば、私は、文筆の真似事のようなことをしているが、それも、やはり多少は自信を持っている(あるいは、持っていた)からこそはじめたことである。自分には優れた作品を見抜くと同時に書けるに違いない、と。――勘違いも甚だしいが、一度はじめてしまうとやめられないのが、表現というものなのであろうか、のらりくらりと、あれやこれやと、試行錯誤してはいるのが……

 かなしい現実に突き当たる。

 自分がすばらしいと思う芸術を愛する。けれど、自分がその作品を超えるようなすばらしい作品を生み出すことはできない、という。

 それでも、やめることができない私は、生み出せない芸術のために、ピラミッドの頂点を目指すように、かなしい事実を現実のものとして受け止め、自分なりの表現方法を、追求していくしかないのではないか、と思うのである。






 ちなみに、『アマデウス』は、2002年にディレクターズ・カット版がリリースされた。すでに長い作品なのだが、さらに20分の未公開シーンが追加されたのとのこと。手元にはあるが、未見。時間を作って、観てみよう。






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