bluescatの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-08-25なつやすみのにっき3

[][]「決して暴力はふるわない。大切なものがあるから。」に潜むもの 「決して暴力はふるわない。大切なものがあるから。」に潜むもの - bluescatの日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「決して暴力はふるわない。大切なものがあるから。」に潜むもの - bluescatの日記 「決して暴力はふるわない。大切なものがあるから。」に潜むもの - bluescatの日記 のブックマークコメント


 夏休み、四日目、五日目。それぞれ、遠出して山に登ったり船に乗ったり、近場をウロウロしてシャガールの絵を鑑賞して涼んだり……。この辺りの話を書こうと思っていたのだけど。また別の機会にでも。

 翌日は、通常通り出社して仕事をした。せっかく取った休みを返上して、フツウに出社して、フツウに仕事して、フツウに帰宅するというのも、なかなか痺れるものだ。いつもと同じようにつかれた身体をひきずるようにして表参道をとぼとぼ下って、原宿駅に向かって。

 人気のない深夜の原宿駅改札を抜け、ホームへ降り立つ階段を下りてすぐのところに貼り付けてあるポスターが、目に留まった。ちょっと前から、その存在に気がついていたのだけど。なんとなく違和感を覚えながらも、その理由が分からず、というか、深く考えもせずにいて、その日もいつもと同じように通り過ぎようとしていた。が、ふっ、とした拍子にそのキャッチコピーの意味に気がついて、ガクゼンとした。

 それは、こんなポスターである。


f:id:bluescat:20070825230023j:image

[鉄道事業者による共同PR暴力行為防止ポスター]


 定期入れのようなものに、赤ちゃんの写真が入れてあって、その写真を見つめているのであろうという構図。

 キャッチコピーは、こうだ。


「決して暴力はふるわない。大切なものがあるから。」

「駅や車内での暴力行為は犯罪です」


 このメッセージに恐怖を抱きはしないだろうか? 私は、このように解釈した。


 駅構内で暴力をふるう

  ↓

 傷害罪で逮捕される

  ↓

 犯罪者になる

  ↓

 大切な家族が悲しむ

  ↓

 だから暴力はやめましょう


 自分かわいさ、自分の身内かわいさにつけ込もうというメッセージであって、自分が傷つけた「被害者」に対しては全く着目されていないのではないか。

 この記事を書くに当たって、ポスター画像を探していた際に、東京都庁のサイトに行き着いたのだが、そのサイト内での記載では、図柄イメージをこう説明している。


 可愛らしい乳児の写真を用いることで、自分と被害者の大切な家族や仲間のためにも、決して暴力を振るってはいけないことを伝えています。

http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2007/07/20h7b100.htm


 一応、被害者の「家族」も考慮されてはいるようであるが、相手が受ける「痛み」にはいっさい触れていない。この想像力の足りなさ。そして、『駅や社内での暴力行為は犯罪』だというコピーから窺がえる、喧嘩なら余所でやってくれとでもいうような、責任逃れ的姿勢。なんなのだろう? この薄気味の悪さ。

 逮捕されなければ、罪を問われなければ、いくら暴力をふるってもいいのか。「大切なものがあるから」というが、じゃあ、「大切なもの」がなけりゃあ暴力をふるっていいのか。という疑問に行く着きはしないか。

 例えば、自分には大切な家族などいない、と思っている人。例えば、自分には地位も名誉もない、と思っている人。ここでは、「思っている」というのを強調したい。自分でそう思っている人というのを。そんな人たちにとって、このメッセージが意味するものはなんだろう?


 どうせ、おれにゃあ、妻もかわいい子どももいない。どうせ、おいらには失うものなんかなにもありゃしねえ。


 心の中でそう呟き、暴力をふるう機会を虎視眈々と伺う「誰か」。電車の中だから、駅構内だからと振り上げそうになって収めた拳の行き先を求めて彷徨う「誰か」。暗い夜道を歩きながら、もし、そんな「誰か」が、自分を待ち受けていたら。と考えると、こわい。

 家に帰れば帰ったで、

「今日、本当は殴り倒したい奴がいたんだけど、お前の為に、殴るのはやめておいたよ」

 ひっそりと心の中で呟き、不気味に微笑む父や兄がいたら。なんて想像すると、どうも。

 憤りというよりも、気味の悪さを感じる。嫌悪感といってもいいかもしれない。相手が受ける「痛み」への想像力の欠如に。暴力行為によって傷つくのは、自分の名誉と自分の家族(相手の家族)だけではないだろう。大切なものを失わない為に暴力をふるわない、というのではなく、もっと違う訴え方はできないのだろうか。こんな訴え方をしなくてはならないなんて。こんなポスターが、何食わぬ顔をして、あらゆる駅に貼り付けられているなんて。そんな社会の在り方に疑問をいだく、夏休みの終わりであった。




 公衆の面前での暴力が犯罪なのではない、暴力をふるって見咎められることが犯罪なのではない、暴力、そのものが罪なのだ。











---

- a kind of serial novel -

[“FOR GET”(フォー・ゲット)]

http://d.hatena.ne.jp/bluescat/




はてなブックマークに登録 | MyYahoo! に登録 | del.icio.us に登録 | livedoorClip に登録 | Buzzurl に登録 | Bloglines に登録


トラックバック - http://c-u.g.hatena.ne.jp/bluescat/20070825