bluescatの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-03-25Pay It Forward / 可能の可能性 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 もう何週間も前のような、まだ5日くらいしか経っていないような、不思議な気持ちになります。

 あれから、二週間が、経ちましたね。



 震災の後、いろいろなかたから、メールで連絡をいただきました。身を案じてくれたり、いたわってくださったり、実家(茨城県)のことを気にかけてくださったり。中には、用件だけを伝える人もいましたが、その事務的な感じ、その冷静さが逆にありがたかったりもしました。

 こんなわたくしでも、一応、女性なので、震災直後はもちろん、不安と恐怖心でいっぱいでした。

 この、仕事一筋……ではなくて、0.5筋(残り0.5筋は、音楽…?)のわたくしが、突然、1週間もの自宅待機指示の為に、出社できなくなり。予定もほとんどがキャンセルとなり。けっこう、孤独な日々でしたね。。これだから、独身・一人暮らしは。。と思ったものです。

 日ごろ、私は自分のことを、冷静かつ論理的な人間である、と思っていました。それが良いとか悪いという話ではなく、あくまでそういう性質を持っている、ということですけれど。

 その冷静さがもどかしくなることもあり、また、音楽などの表現活動の上でそれが邪魔になることはあるものの、これは、私の短所でもあり長所でもあるのだ、と思うようにしていました。

 それが、今回の混乱の中で、恐怖や不安で冷静ではいられなくなり、なにかにすがりつきたいような、なにもかも放り出したいような気持ちになったことも……?

 映画でもありましたね。落ち着いた人間を自負していた人が窮地に追い込まれて、取り乱し、本性を出す、みたいな。。

 あんなふうになるのかな。。それはそれでいいのかな。。でも、やっぱり、それはこわいな。。。などと思ったり。



 混乱と不安と疑惑と……、そんな中でいただいたメールが、どれほどこころの慰めになったことか。

 本当にありがたく、ひとのあたたかさに、とても感激したのでした。



 そして、こんな時こそ、“ペイ・フォワード”なのだな、と思ったのです。



 “ペイ・フォワード”、とは、人から受けた厚意(親切)を、その相手に返す(ペイ・バック)のでなく、別の三人の人へ渡そう(ペイ・フォワード)という考え方のこと。

 キャサリン・ライアン・ハイドの小説、および2000年製作の映画『ペイ・フォワード 可能の王国』(原題: Pay It Forward)で描かれています。私は小説は未読ですが、映画の方は何年か前に観ていて、印象に残っていました。

 さいきん(といっても震災の前ですが)、mixi にて、my mixi のトムっちさんも日記に書かれていて、

 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1669517402&owner_id=15203780

 それが、心に片隅にあって。

 今回の震災で spark する、というのですかね、flash back する、というのですかね、《このことか》と、はっとしました。


 自分が不安だということは、きっと他にも不安だと思っている人がいるはず。

 自分がありがたいと思ったことは、きっと他にもありがたいと思う人がいるはず。


 震災の後、もらってありがたかったメール。ありがたいと思った気持ち。それを今度はわたしが別の人に渡したい、と思いました。

 映画では三人に渡せ、と言われていましたが、三人に限らず、一先ず、何人かの人に連絡を取ってみることにしました。

 お陰で(という言葉が、今回適切かどうか疑問ですが)、しばらく音信不通だった知人の近況を知ることができたり、ひさしぶりに会う友人がいたり、各地のいろんな声(インターネットの情報ではなく、生の声)を聞くことができたり。

 今回連絡を取ったことがきっかけで知人のライヴの情報を知り、観に行ったところ、そのライヴ会場で、これまた別のしばらく会っていなかった知人と偶然再会できたりして。

 ペイ・フォワードしたことが、早くも、自分のところに返ってきたのだな、と思いました。

 特に見返りとか、そういったことは考えず、気遣ってくれた人への感謝の気持ちをもちつつ、それを別の人に渡していく、ということをしてみただけなので、思ってもみないことに、とてもうれしくなりました。

 これこそ、“ペイ・フォワード”なのでしょうか。

 なんの見返りも求めず、うれしかった気持ちを、ただ、別の人へ手渡していく、という。もし、なにかじぶんにうれしいことが起こったなら、それは巡り巡ってきた“ペイ・フォワード”。また、別の人に渡していけばいい、と。

 それをもし、いろんな人が実践していったら、不可能と思われることが可能になるのでは……。

 映画が伝えたかったのは、そういうことなのだと思うのです。


 John Lennonジョン・レノン)さんの「Imagine(イマジン)」のような世界。

 Bob Marley(ボブ・マーレィ) さんの「One Love(ワン・ラヴ)」のような世界。


 夢だ、理想的だ、でも現実的ではない、と言われてしまいそうな世界が実際のものとなるのかもしれない。

 偽善者だと言われてしまうのでは? 逆に迷惑がられるのでは? そんな不安もありますが、次(フォワード)へ渡していく、という前向きな気持ちがあれば、可能性を信じる気持ちがあれば……。

 “ペイ・フォワード”とは、そんな願いを実践する為の簡単な(、だけどちょっぴり勇気のいる)意識の提案なのかもしれません。








以下、Amazon より、映画 DVD の作品紹介文:

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89-DVD-%E3%83%9F%E3%83%9F%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%83%80%E3%83%BC/dp/B00005MINW

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[内容紹介]:

ひとりの少年のアイデアが、世界を変える。

ディープ・インパクト』ミミ・レダー監督。アカデミー賞俳優共演で贈る感動のストーリー。

11歳の少年トレバーは、社会科の授業中、担任のシモネット先生から「もし君たちが世界を変えたいと思ったら、何をする?」と問い掛けられる。悩んだ末にトレバーはあるアイデアを思いつく。それは"ペイ・フォワード"。他人から受けた厚意をその人に返すのではなく、まわりにいる別の人へと贈っていく…という奇想天外なアイデアだった。やがて、少年の考えたユニークなアイデアが広がり、心に傷を負った大人たちの心を癒していく…。

[Amazon.co.jp]:

「もし君たちが世界を変えたいと思ったら、なにをする?」そんな社会科の先生の問いかけに、中学1年のトレバーは、きわめてシンプルかつユニークなアイデアを思いつく。しかもそのアイデアは、勇気を出せば誰もがすぐ実行できる、簡単なこと。ところが母親をはじめ、大人たちはなかなかそれを行うことができない。しかしそのアイデアに、本当に世界を変えるかもしれない可能性が出てきた。

現代人の癒しを1つのテーマとする、ミミ・レダー監督のヒューマン映画。芸達者な名優たちの競演も見ものである。ラストで合唱されるジェーン・シベリーの「コーリング・オール・エンジェル」の美しい響きも印象的だ。(的田也寸志

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2011-03-18Japon, mon amour / ラブユー日本 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 3月11日、金曜日。

 一週間分の疲れをため込んだ けだるさと、明日からの休日を心待ちにして、少し気持ちがはやるような、いつもの午後の時間が流れていた。そんな、春を目前にした、気持ちの良い午後の空気を破るように、最初はゆっくり、やがて、冗談だと笑っていられないほど大きな揺れに襲われたのである。今でも夢のような気がする。

 机の下にもぐって、怖ろしいほどの揺れを、四つんばいの恰好でじっと受け入れた。普段あまり会話することのない派遣社員の男性とはっと目が合った。もしかすると、目と目を交わすのはこの人で最後かもしれない、という気になって、視線をほどくことができなかった。きっと男性もそう思ったのであろうか、私たちはお互いに無言で見つめ合った。

 激しい揺れの中、斜め向かいの女性が、机の上に手を伸ばして携帯電話を探っているのが分かった。無意識に、万が一の際に必要となるであろう物に手を伸ばしているのだろう、たくましい気もし、少し、ものがなしい気にもなった。

 一度目の揺れが収まったとき、部署のリーダーの女性の元に皆で集まった。いつも気丈で弱音など吐いたことのないかたが、私の気のせいかもしれないが、その瞳がきらりと光っていたような気がした。たしかに、怖かった。

 きっと一瞬、誰もが何かの覚悟をしていたのではないか。

 午後6時に帰宅命令が出され、同じ方向の者同士で歩いて帰宅することになった。実は健康維持の為、会社からよく歩いて帰宅することのある私にとってはどうということはないが、普段歩き慣れていない女性、しかも、ヒールのある革靴では しんどかろうと思われた。突然の、思わぬ出来事に半ば呆然としながら、皆、黙って歩き続けていた。

 シブヤに着いたのは、7時。急いで帰っても仕方がないということで、何人かで食事をして帰ることにした。これから立ち上げる予定の新サービスについて熱く語り合った。

 午後9時。皆と別れ、さて、歩いて帰るか、と気持ちを引き締めて歩き出したとき、サラリーマンの男性にナンパされた。帰れなくなってしまった人なのであろうか、呑みに行こうよ、と。無視して行き過ぎようとするが、しつこく誘ってくる。少し、恐怖である。こんな東京の ど真ん中なのに。これが災害というものなのか。

 そんな震災1日目。





 東北地方に比べれば、まだ被害が少ないのだろうか、だが、報道を見る限り被災地のひとつと言ってよいであろう、茨城県の実家の家族とはずっと電話が繋がらなかった。

 翌日遅くにやっとメールで無事を確認できた。どうやら家族も実家も無事で、電気、ガスは通っており、水道だけが不通だという。水道だけ、というが水が出ないということがどれほど不便なことか。年老いた母のことが気にかかった。

 震災後三日目にやっと繋がった電話では、励まし、元気づけなければいけないと思った母に、逆に心配された。いまだに独り者で、世知辛い(というイメージの)東京で一人暮らししているから、さぞかし心細いと思ったのか。「こちらではみんなが助けてくれるが、貴女は一人なんだから」と。大変な状況であろうはずなのに、遠くはなれた我が子を気遣う母の声は、あたたかく、力強かった。私の心配など、笑ってしまうようなものである。母の偉大さを思い知った。もちろん、私が泣いたということは、どうか内密に。





 スーパーから、コンビニエンスストアから、食パンが消えた。乾電池が、ろうそくが、トイレットペーパーが。

 だが、パン屋に行けば、食パンがいつものように売られているという事実。

 友人の情報によると、某外資系大手CDショップには乾電池がたくさん置いてあったという。

 買い占めについて問題視されているようであるが、もし、自分に子どもや養わなくてならない家族がいたら、どうしていただろうかと考える。こんなとき、まず、守るべきは自分と家族。それ以外の人のことは二の次になってしまうのではないか?と。むろん、買い溜めにも程度があるが。冷静さを欠いた時、自分だけは絶対にそんなことはしない、と言い切れるだろうか?と。――わからない、その時になってみないと。自分と同じ立場ではない人がおかしてしまったことを責めるのはやめようか。

 不安もあるが、その分、気楽でもある独り者なので、ひとまず、食パンがなくても生きていける。乾電池は家にストックがあるし。ろうそくは、アロマキャンドルだけど、いくつかあるし。トイレットペーパーは、ストックがなくなったらウォシュレットでなんとかなるかな?と。文句を言う家族はいないので、どうにでもなるものである。

 この異常な状況の中で、どれだけ冷静に自分を保てるか。必要な情報と不要な情報を切り分ける為、極力、テレビは観ないことにした。インターネットも、今の自分に必要な情報だけを見て、すぐに遮断することにした。

 会社からは自宅待機指示が出、今週一週間は自宅でゆったり、気持ちを落ち着けた。





 会社の女の子で宮城県出身の子がいる。どうやらご家族は無事だった模様。ほっとする。

 義援金への協力をお願いされた。

 ぶっちゃけ、お金が一番うれしいのであろう。今まさに必要なのは、一個の握り飯であったり、一枚の毛布かもしれないが、この先ずっと続くであろう避難生活に本当に必要なものは、何よりも、お金なのかもしれない。

 阪神大震災の爪あとはいまだ癒えていないと聞く。いまだに仮設住宅に住まれているかたがいると。

 ヒーローになる必要はない、という。皆の善意だったり、時には偽善だったりするかもしれないものの、集大成としてお金が、どれほど必要となるのだろうか?






 BGM:

 Jay-z, Bono, The Edge & Rihanna - ‘Stranded (Haiti, mon amour)’


 ハイチ大震災支援の為に発表された楽曲。ハイチへのメッセージであるが、なぜか、先日の震災以来、聴いている。

 聞き取りなので、不正確かと思うが、歌詞の



  Haiti, ami amour

  Haiti, mon amour

  not gonna leave you stranded

  我が友、ハイチ、

  愛するハイチ、

  君たちを一人取り残したりはしない



 という部分に深く勇気づけられた。

 我が愛する日本を、東京を、茨城を、東北を、見捨てはしまい。

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