bluescatの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-06-25Sense of Wonder / 目を見はる感覚 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 あたりまえだった日常があたりまえでなくなって、百日余り。あたりまえでなかったはずなのに、それがつづけば、だんだんあたりまえになっていったりも、するのでしょうか?



 さて。



 先日、旧い知人とその子どもに会いに行きました。しばらくぶりに会って、子どものあまりの成長ぶりにビックリし、相手からは「だれ?このひと?」という感じで訝(いぶか)しがられ、二重にショックを受けました。

 数年前に会った時は私のことを「おねーたん」と呼び、抱っこしたまま膝の上で寝ていたりしてたのですけどね。。

 関東の、とある海沿いの地域に住む知人でしたが、今回の震災の為、引っ越しを余儀なくされ、現在は内陸部に住んでいます。

 新居近くの山へピクニックに行って、あまり見慣れていないらしき山のものたちに興味津々な子どもの様子を眺めながら、のんびり過ごしておりました。

 そんな中で、ふと、ある本のことを思い出しました。




 レイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』です。




 レイチェル・カーソンといえば、DDTなどの農薬(化学物質)による環境汚染問題にいち早く警鐘を鳴らしたとされる『沈黙の春』が有名かと思いますが。

 『沈黙の春』執筆中に癌の宣告を受け、余命わずかなレイチェル・カーソンが最後に遺した『センス・オブ・ワンダー』は、写真を含め、全60ページほどの掌編ですが、幼い甥のロジャーとともに体験した自然の美しさを、詩的な文章で綴った作品となっています。

 タイトルにもある"センス・オブ・ワンダー(Sense of Wonder)"とは、レイチェル・カーソン自身の言葉によると、誰でも幼いころに持っている「神秘さや不思議さに目を見はる感性」のことだそうです。




 「子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になる前に澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。」




 この感性=センス・オブ・ワンダーは、「やがて大人になるとやってくる怠慢と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になる」といいます。

 つまらない、とは若干オーバーな表現かとも思われますが、はっとさせられる一文でした。





 わたし(たち)はおとなになって、何を得て、何を失ったのだろう? などと考えることがあります。神秘的な物事を不思議がる感覚、人を超えた力を畏敬するこころ……。




 今回の震災で、個人的には、自分の"センス・オブ・ワンダー"が問われたような気がしています。

 自然の力を甘く見ていたのではないか、何か過信していたことがあったのではないか、等々。

 いろんな意味で感覚が、感情が、鈍っていくような、鈍らされていくような、そんな気持ちがずっとしていました。

 "澄み切った"感覚を失ってしまったのですかねえ。

 もしも、失ってしまったらしき"センス・オブ・ワンダー"を取り戻せるなら……。




 レイチェル・カーソンはいいます。それは、とても簡単だと。


 「「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。」


 世の中の神秘を"感じる"だけでよい、そこに"知識"は必要ない、と。




 "感じる"ことで、「内面的な満足感と、生きていることへの新たなよろこびへ通ずる小道を見つけだすことができると信じます。」




 いろいろなものを感じて、"世の中に目を見はる感覚"、をほんの少しでも取り戻せたら良いなと思う梅雨のある日でした。




 そして、(将来の)自分の子どもと、神秘を一緒に感じ、「子どもが知りたがるような道を切りひらいて」やれたら、「生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー…神秘さや不思議さに目を見はる感性」」を持ち続けてもらえたら、いいなと思うのです。

 ――その為には、かけがえのない地球の豊かな自然、美しい環境が必要なのかな、とも。















 レイチェル・カーソンの『沈黙の春』は、綿密な調査に基づいた冷静(かつ文学的)な論文ですが、出版された当初は、農薬会社から農薬をやめたら害虫が大発生する、DDTBHCが人体に害のないことは証明ずみである、と批判されたそうです。

 なかには、「根拠のない妄想」とか「独身女のヒステリー」といった心ない言葉による誹謗中傷もあったとか。

 「カーソンは私たちを恐怖に陥れようとしている。そして、それは概ね成功している」という書評も。

 農薬が土壌中に長く残ること、それがしだいに人体に蓄積されること、生物の薬剤抵抗性や野生生物の個体数調節の仕組みなどが人々の常識になるのには時間が必要で、本の出版後、だいぶたってからだった、そうです。



 ……なんか、似てますね? さいきんのできごとと。

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