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2007-11-11新作はまだか:ガイ・リッチー

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 仕事中に iTunes のラジオをヘッドフォンで聴くことが多い。音楽関係の仕事なので、それも仕事のひとつ、というのを理由にして。いろいろなチャンネルがあるのだが、Classic Rock チャンネルのいくつかが定番である。知っている曲が意外なタイミングでかかり改めてその魅力を認識したり、知らない曲に感銘を受けたり、名前は知っているけれど音を聴いたことはないアーティストの作風を知ることができたり、と、なかなか快適なラジオ・デイズを送っていたのだけど、なぜか、さいきん、調子が悪い。ブツブツ音が切れたり、伸びたカセットテープみたいに急に遅回しになったり。先日、パティ・スミスの「ビコーズ・ザ・ナイト」がかかっていたときは、ぐにゃぐにゃの超遅回し状態だったもので、本人がうたっているバージョンだとは気がつかなかった。「へえ~、デス・メタル・バンドの荘厳なバラードアレンジのカバーなのね」とか思ってしまったくらいだ。


 さて。またまた唐突だけれど。ガイ・リッチーという映画監督がいる。『ロック、ストック・アンド・トゥー・スモーキング・バレルズ(Lock, Stock and Two Smoking Barrels)』(1998年)、『スナッチ(Snatch)』(2000年)等を撮った人。マドンナの現在の旦那さんでもある。

 長編デビュー作『ロック、ストック……』はオシャレな犯罪活劇として一部の人たちの間で絶賛されていた。『ロック・ストック……』を観たブラッド・ピットが出演を希望し、助演ながらもおいしいところを持っていった第二作『スナッチ』もヒット、各方面から賞賛を浴びたとか。イギリスの俊英、イギリス版タランティーノなどと評され、一躍人気監督に。あの、天下のマドンナがその才能に惚れ込み、「彼の遺伝子が欲しい……」と思った――かどうかは定かではないが、彼の子を出産し、後に結婚に至ったという。

 しかし、結婚後、マドンナを主演させた『スウェプト・アウェイ(Swept Away)』(2002年)(私は未見)がまったくヒットせず、夫婦そろって「ゴールデン・ラズベリー賞(最悪映画賞)」を受賞するという憂き目に。続く『リヴォルバー(Revolver)』(2005年)(日本未公開? こちらも未見)も酷評され、すっかり落ち目になってしまった。


 でもね、ちょっと待ってください。

 ハリウッド的な色合いが強くなった『スナッチ』は、複雑に入り組んだエピソードを巧みに繋ぎ合わせていくスピード感と映像のスタイリッシュさが無条件に“面白い”映画だった。ストーリーは、デビュー作『ロック、ストック……』をそのまま踏襲したもので目新しさはなかったけれど。その『ロック、ストック……』は、カード賭博に負けて背負った莫大な借金を返済する為にギャングから金を奪おうと計画する四人の幼馴染みが次第に深みにはまっていく様を描いたものだが、登場人物たちの利害関係が微妙にズレていくところと、それぞれのツメの甘さが招く意外な展開が当時としては斬新だった(ような気がする)。ただオシャレなだけではない、強烈なブラック・ユーモアと痛烈な社会風刺がまぎれもなく“英国的”で、とにかく痛快だった。音楽も良かったし。クラッシュがカバーしているジュニア・マーヴィンの「ポリスとコソ泥 (Police and Thieves)」が効果的に使われていたりしてね。

(ちなみにサントラ盤、持ってます)

 『ブラス!』や『リトル・ダンサー』、『トレインスポッティング』、『フル・モンティ』、『アシッド・ハウス』、『チューブ・テイルズ』等のような、クエンティン・タランティーノとは明らかに一線を画す、イギリス的背景を背負ったところが良かった。

 三作目と四作目は未見なので、どういう作風になったかは実際には分からない。けれど、駄作などと言われると、逆に興味が湧いてくるものだ。

 デビュー作には、それまでに蓄積された感性を注ぎ込むことができる。第二作に取り組むときにもまだ余力がある。だが、第三作のころには、出し尽くしていて、駄作を作っちゃうこともあるかもしれない。もちろん、作っちゃってない人もいるのだけど。第四作でもまだ混迷から抜け切れないこともあるかもしれない。でも、もしかしたら、打開する為の糸口を掴んでいるかもしれない、第五作では何かすごいことをやってくれるかもしれない、なんて期待したりして。

 先日、ガイ・リッチーのことをウェブで検索していたら、第四作の『リヴォルバー』がこの秋日本で公開される予定との情報が。……でも、もうすっかり秋ですけど。公開されるなら上映情報が出ているはずなのに、いくら探しても見つからない。見つからないとなると、ますます知りたくなるもの。人には言えないくらい(言ってるって)しつこさでは負けない私としては、持てる検索技能を駆使して調べ上げてみましたよ。っていうか、配給会社であるアスミックのサイトに行ってみたら、あっさり情報が載っていたのだけど。「2007年 全国ロードショー」と。もう間もなく2007年も終わりに近づいていますが……。公開予定が暗礁に乗り上げてしまったということなのだろうか……。


f:id:bluescat:20071111205257j:image

[配給会社アスミックのサイトより]


 こうやって、ふっと思い出しては、新作を楽しみにしている者もいるというのに……。駄作と言われているものでも観てみたいと思っている者もいるというのに……。

 きっと、年末くらいになったら、私は、また、ふっと、思い出して検索とかするのだろう。

 来年になったら公開されるのかも、とか言って、来年もまだ検索するのだろう。

 いつも思っているわけではないけれど。時々思い返しては、待っているのだから。











[ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ]


[スナッチ デラックス・コレクターズ・エディション]




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2007-09-24ブラック・ダリア

[]ブラック・ダリア(The Black Dahlia)(2006年)(アメリカ) ブラック・ダリア(The Black Dahlia)(2006年)(アメリカ) - bluescatの日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - ブラック・ダリア(The Black Dahlia)(2006年)(アメリカ) - bluescatの日記 ブラック・ダリア(The Black Dahlia)(2006年)(アメリカ) - bluescatの日記 のブックマークコメント


 『ブラック・ダリア』という映画を観た。ビデオで。


ブラック・ダリア コレクターズ・エディション 2枚組 [DVD]

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 ブライアン・デ・パルマ監督。ジョシュ・ハートネットスカーレット・ヨハンソンヒラリー・スワンク主演。

 私どうも凝り性なところがあるようで。ひとつ聴いたり読んだり観たりしてその作品が気に入ると、その人の他の作品を聴きたくなったり読みたくなったり観たくなったりすることがままある。

 先日、「パソコンテレビ GyaO」で『アイランド』(2005年)という映画が配信中だったので観てみたのだけど。主演のスカーレット・ヨハンソンのあどけなさとセクシーさのある美しさが印象的で良かったのと。ずっと観たかった『ミリオンダラー・ベイビー』(2004年)をやっとビデオで観られて、主演のヒラリー・スワンクの良さを再認識したというのがあって。そんな二女優が出演ということで、自分的にはタイムリーだった。


◆二女優とか

 スカーレット・ヨハンソンは、一見清楚そうな雰囲気なのだが、どこか『心に傷を持つ』女性らしい不器用さ、あぶなげさがあって、こちらもなかなか良かった。ただ、濃い化粧――血糊のような赤黒い口紅が、あまり似合っていないような気がした。時代性――舞台はどうやら1940年代――を演出する為にあえてそうしたのかもしれないが。

 ヒラリー・スワンクは、有力者/富豪の娘で、謎めいた美女という役どころ。個人的には、ともにアカデミー主演女優賞を獲得した『ボーイズ・ドント・クライ』(1999年)、『ミリオンダラー・ベイビー』のような、偏見渦巻く社会の中で悩み苦しみ傷つきながら懸命に生きていこうとする性同一性障がいの『女性』や、恵まれない家庭に生まれ育ちながら、自らの人生を切り開こうと奮闘する女性ボクサー、……という役柄がはまっていたので、かなり違和感が。でも、非常にお美しかったのは間違いない。老舗の高級コスメティック・ブランド『ゲラン』の香水のイメージ・キャラクターにも抜擢されるくらいなので、それはお美しいはず。『ミリオンダラー・ベイビー』のときは、ちょっと不細工(失礼)かも、と思ってしまったけれども。あれは醜女メイクだったのだろうか。それとも、……。ともあれ、いろいろな役柄に挑戦するというのは意義のあることかもしれない。

 女優陣だけでなく、男性にも触れておこうか。“ミスター・アイス”役のジョシュ・ハートネットは、『シン・シティ』でのチョイ役くらいしか観たことがなかったのだが、良い。ものすごく美男というわけではないと思うが。繊細さと芯の強さを併せ持つ男性の姿が良く出ていた。他の作品も観てみよう、という気にさせられた。


男装の麗人役として、k.d.ラングもカメオ出演

 そうそう、それから、もう一人。レズビアン・バーの場面があったのだけど。バンドの生演奏シーンがあって、「Love for Sale(ラヴ・フォー・セール)」を歌っていたのが k.d.ラングだったのに笑ってしまった。ええと、ご存じない方の為に説明すると。憂いを帯びつつも伸びやかで艶やかな、上質のビロードを思わせる声を持つ k.d.ラング。「エヴリシング・バット・ザ・ガールのトレイシー・ソーンの声でカントリーを歌っているようだ」と称していたのは、音楽評論家伊藤英嗣だったろうか。このカナダ出身の女性シンガー・ソングライターは、同性愛者であることをかなり早くからカミングアウトしている人でもある。同性愛者を公言する実在のシンガーが、レズビアン・バーのクラブ歌手として、『売春賛歌』とも言われる「ラヴ・フォー・セール」を歌っている、というのは、深刻に受け止めるととことん暗くなりそうなので、笑うところだと思っているのだけど。

(『ボーイズ・ドント・クライ』で性同一性障がいの『女性』を演じてオスカーを勝ち得た女優に、レズビアン・バーに出入りする謎の美女役を演じさせるという時点で、妙なキャスティングなのかもしれないが)

 ちなみに、k.d.ラングは、嫌煙家であることも公言して憚らないのだが、「ベッドで煙草は良くないわ」や「スモーク・リングス」等の煙草にまつわるスタンダード・ナンバーに書き下ろしの新曲を加えたコンセプト・アルバム『Drag(ドラッグ)』(1997年)をリリースしていたりもする。drag とは、煙草の一服を意味するらしい。嫌煙家が歌うタバコ・ソングスというのも、なかなか不思議なものだ。嫌いなものだからこそ、あえて取り上げたということだろうか。単に好きな曲がたまたま煙草にまつわる歌だったということだろうか。もしかすると、露悪趣味とか自虐的な傾向があるのかもしれない。なんて。


Drag

Drag



◆二段落ち

 映画に話を戻すと。

 ストーリーは、二本の軸から成っている。女優志望でありながらなかなか芽が出ず、惨殺されてから有名な『死体』となった、ブラック・ダリアと呼ばれていた女性殺害事件解決までの主の軸と、主人公の仕事上のパートナーとその恋人の秘められた過去を巡るもうひとつの軸。最後に惨殺事件の謎が解き明かされ、最後の最後に、もうひとつの軸の真相が明らかになる、という、いわゆる『二段落ち』とでもいうのだろうか、やや、やられた感のある作りとなっている。映画そのものには、つっこみどころがないわけではなかったが、出演者の良さや、この『二段落ち』で救われたという印象。惨殺事件を扱っている割にはグロさはほとんどなく、闇の世界を覗き見して、ちょっと、暗い気分に浸りたい、というときには良いのかも、しれない。




 最近、重い映画ばかり観ていたので、スカッとしたのを観ようと、『トランスポーター』(2002年/フランス.『スナッチ』のジェイソン・ステイサム主演!)を借りてきたつもりが、間違えて『トラフィック』(2000年/アメリカ)を借りてきてしまった……。途中まで観て、やっと違うことに気がついたという二段落ち。こちらも重い話だった。良かったけれど。――しばらく、映画の話が続く予定。











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hiroatsuhiroatsu2007/10/09 21:31ヒロ†です。
いまさらながら発見しました。
とりあえず、FOR GET読ませていただきました。続きを楽しみにしております。
ところで、このブログ、日付のフォントがカッコいいね。

bluescatbluescat2007/10/12 00:45ヒロ†様、こんばんは。
来てくださって、ありがとうございます!
更新は今しばらくお待ちくださいませ……。
英数フォントは、はてなダイアリー既存テンプレートのデフォルトのままなのですが、独特ですよね。
ちょっと調べてみたところ、どうやら、"Georgia" という名称のようです。

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2007-07-16色覚するということ。:デイヴィッド・リンチ

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 まもなく、の新作、『インランド・エンパイア』 が公開されますね。

 (7/21~ 恵比寿ガーデンシネマ他)

 各メディアのあらすじ紹介を読むと、どうやら、前作 『』 の流れを汲む、現実と虚構が交錯する、めくるめくような陶酔の世界……の模様。


ハリウッド女優(ローラ・ダーン)が未完のポーランド映画のリメークで再起を狙うものの、次第に現実と、映画や虚構の世界の区別がなくなっていくという物語


 映画制作発端からやがて奇妙な世界へと引きずり込まれていく……というあらすじで、一瞬、原作/永瀬正敏主演/監督失念の 『』 が思い浮かびました。なにかのきっかけで奇妙な世界へ足を踏み入れてしまい、ワケのワカラナイ展開へと二転三転し、ぐじゃぐじゃになって、結局ナンダッタンダ? ……となる話が好きな私としては、ますます楽しみになってきました。複雑に交錯するというストーリーと、デイヴィッド・リンチならではの不条理の世界、そして、の美しさ、という点で、期待が高まります。

 デイヴィッド・リンチ、というと、やはり、なんといっても映像が印象に残ります。 『映像の暴力』 (『暴力的な映像』 にあらず)、と評している例を見かけたことがありますが、なんとなく、分かるような気もします。深く、鮮烈な色が、焼きつけられるように、刷り込まれるように、脳裏から離れなくなり、『』で覚える、すなわち、『』する、とでもいうのでしょうか、そんな作品だという印象が。

 また、なんとなくですが、夏、というイメージがあります。

 『』 は、じっとりとした真夏の、深い夜の青、という印象ですし。

 (ちなみに、『ブルー・ヴェルヴェット』 を観てから真似をして、ビールはハイネケンばかりを飲むようになった経験アリ)

 『』 は、カラリとした西海岸の、鮮明な赤、のイメージ。

 『』 は、晩夏の、実りきった穀物の黄金の色、という感じだし。

 『マルホランド・ドライヴ』 は、湿り気が冷気に変わって、ひえびえとさせるような夏の夜の薄明かり、というイメージ。

 たまたま観たのが夏だったから、ということでしょうか。それとも、あちら(ハリウッド?)の気候条件からすると、そうなるのが当たり前だったりするのでしょうか。

 ともかく、色で感覚できる監督、というのが私の印象。今作では、どのような 『色』 を見せてくれるのかという点も楽しみのひとつとなっています。




 ちなみに、にも、『色』 がある、って、思うのですけれど。

 優れたの作品はも秀逸で、音楽性を見事に表現したジャケットが多数残されています。『色』 で表現された例も非常に多く、『色覚』 しているジャケットは枚挙に暇がありません

 聴いたことのある人なら、ほら、


Blue

Blue

 ) の 『 (ブルー)』 は、やっぱりブルーだし、


The Band

The Band

 ) の 『The Band (ザ・バンド) (2nd)』 は、円熟したブラウン、


Harvest

Harvest

 ) の 『)』 は、乾いた土のような薫り高いベージュ、


Eli and the Thirteenth Confess

Eli and the Thirteenth Confess

 ) の 『)』 は、深い闇の漆黒、


Close to the Edge

Close to the Edge

 ) の 『)』 は、鮮やかなグリーン、


In The Court Of The Crimson King: 30th Anniversary Edition [Remastered]

In The Court Of The Crimson King: 30th Anniversary Edition [Remastered]

 ) の 『)』 は、強烈な朱色、


HORSES

HORSES

 ) の 『 (牝馬)』 は、潔い白、


Never Mind the Bollocks Here's the Sex Pistols

Never Mind the Bollocks Here's the Sex Pistols

 ) の 『)』 は、何ものにもとらわれない黄色とピンク、


Joshua Tree

Joshua Tree

  の 『)』 は、どっしりとした分厚い雲に覆われた曇り空のグレイ、




 ……なんて感じ、しませんか?

 皆様は、どんなジャケットを 『色覚』 していますか?

 って、いつもの脱線癖で、の話をしているのだか、音楽の話をしているのだか分からなくなってしまいましたが。音楽馬鹿のたわごとと思し召して、お許しください。


 さて。 『』 は、東日本ではでしか上映されないんですね。たしか、恵比寿ガーデンシネマは座席は予約制でしたっけ? 三時間もの長尺映画ですので、早めに良い席を確保して、じっくりと堪能したいものです。











マルホランド・ドライブ [DVD]

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2007-06-24優れた聴き手が優れた音楽家でもあるとは限らない:『アマデウス』

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『アマデウス』

 昨年は、モーツァルト生誕250周年ということで、クラッシック音楽に滅法うとい私でも気が付くくらい、関連商品がなにやら盛り上がっているという感じがした。

 年も変わって大分経ったから、あえて、というわけではないが、モーツァルトおよび彼と対立関係にあったというアントニオ・サリエリを描いた映画 『アマデウス』 について、なんとなく。

 1984年の作品。『カッコーの巣の上で』、『ラリー・フリント』、『マン・オン・ザ・ムーン』等も手がけたミロシュ・フォアマン監督によるもの。好きな映画監督三人は? と尋ねられることがあれば、この人の名を入れるであろうというくらい、個人的にすきな監督。

(あとの二人は、ヴィム・ヴェンダース、レオス・カラックス、あたりか)

 この監督の作品ならばと勝手に信頼しているのだが、モーツァルトの音楽に詳しいわけではない。逆に、フラットな気持ちで作品に触れられるかな?という気もして、とりあえず観てみたのだが。

 三時間近くある長い作品であるが、モーツァルトとサリエリの対比が丁寧に描かれていて、飽きずに最後までたのしめた。

 幼いころから神童の名を欲しいままにしていた『天才』モーツァルト。そして、才能はあるのだが『天才』と比較したなら所詮は『凡人』となってしまうサリエリ。モーツァルトの類まれな才能に狂おしいまでの嫉妬をいだきながらも、モーツァルトの音楽に対しては愛を示す。

 思ったのは、サリエリの悲劇は、優れた音楽を聴き分けることができるところにあったのかもしれないということ。モーツァルトの作品を一度聴いただけで、その天賦の才能に愕然としてしまうほど、また、音を聴かずとも、モーツァルトの手による楽譜をひと目見ただけで、その神の調べのような美しさが分かってしまうほど、サリエリには、才能が、あった。

 けれど、それは、すばらしい音楽を認めることができる才能であって、彼自身がそのような音楽を作り出せるということではない。

 自ら作曲家であり、優れた音楽家でありたいと願いながらも、自分とは比べ物にならないほどの才能にあふれた人物が身近におり、そのすごさがおそろしいほど分かってしまう、というのは、いったいどんな気持ちなのだろう?

 優れた音楽を聴き分けることができるからといって、その人が優れた音楽を奏でることができるとは限らない。

 これは、他のいろんな芸術、表現手段にも言えるのではないか。

 優れた詩を理解できるからといって、その人が優れた詩を書くとは限らない。

 優れた絵を見分けることができるからといって、その人が優れた絵を描くとは限らない。

 優れた写真を見つけることができるからといって、その人が優れた写真を撮るとは限らない。

 ……



 たとえば、私がこうしてすばらしいと思う映画を紹介する。えらそうに、あれこれと講釈をたれる。もちろん、じぶんの見識に多少なりとも自信があるからこそ、ブログというツールを使って、自己表現として発信しているのだが、だからといって、私が同じレベルの映画を撮れるわけではない、というのが事実である。

 けれども、そこにかなしみは、ない。自分が映画を撮る才能がないことを認めているからだ。端からそんな能力があるとも思ったこともないし。しかし、自分が映画を撮る立場であったなら、ちがうのかもしれない、と思う。

 たとえば、私は、文筆の真似事のようなことをしているが、それも、やはり多少は自信を持っている(あるいは、持っていた)からこそはじめたことである。自分には優れた作品を見抜くと同時に書けるに違いない、と。――勘違いも甚だしいが、一度はじめてしまうとやめられないのが、表現というものなのであろうか、のらりくらりと、あれやこれやと、試行錯誤してはいるのが……

 かなしい現実に突き当たる。

 自分がすばらしいと思う芸術を愛する。けれど、自分がその作品を超えるようなすばらしい作品を生み出すことはできない、という。

 それでも、やめることができない私は、生み出せない芸術のために、ピラミッドの頂点を目指すように、かなしい事実を現実のものとして受け止め、自分なりの表現方法を、追求していくしかないのではないか、と思うのである。






 ちなみに、『アマデウス』は、2002年にディレクターズ・カット版がリリースされた。すでに長い作品なのだが、さらに20分の未公開シーンが追加されたのとのこと。手元にはあるが、未見。時間を作って、観てみよう。






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