bluescatの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-08-08Borrowed, Never Owned / すべて借り物

 先日、ミュージシャンの知人のライヴを観に行きました。

 途中、MCというんですかね、演奏の合間にしゃべっている時に、


「時々、自分の身体が自分のものでないような気がする」


 というようなことを言っていまして。


「自分の身体であって、自分だけのものでない、まるで世界の一部のような、空間の一部のような気がすることがある」


 と。

 非常にイマジネイションを掻き立てられるような、インスピレイションが湧いてきそうな MC でした。

 彼の歌も、いろんな感覚が刺戟されるような歌ばかりなので、ぜひいろんな人に聴いていただきたいな、なんて思っているのですが。。



 さて、先ほどの彼の MC を聞いて、私は、ブッダが説いたという言葉を、思い出しました。わたくし、無神論無宗派無宗教の人間、なのですけれども、たまたま聞いたことのある、とある言葉です。





  この世には、なに一つ自分のものと呼べるようなものはない。

  お金や家、恋人、配偶者や子供も、「自分のもの」など何もなく、死ぬ時には全て置いていかなくてはいけない。

  自身の肉体でさえ例外ではなく、すべては「天からの借り物」なのである。





 というような内容だったと思います。ちょっと違っている部分もあるかも?

 お母さんのお腹の中にいる時から、借り物ぐらし。生まれてからも、死ぬる時まで、ずっと借り物ぐらし。一生をかけて、借りを返し続けていくのだ、そうです。



 もしかすると、知人が時々感じるという、「自分のものであって、自分のものでないような」感覚は、このブッダの教えと近い、「借り物であるかのような」無意識の感覚なのではないか、などと、考えました。

 そして、お借りしているものだからこそ、住まわせていただいている世界だからこそ、慈しみの心で接するべきなのかな~、なんて。



 自身の一部としての世界。あるいは、世界の一部としての自分。



 お借りしている自分の肉体を、自分自身を、愛するこころ、自身を慈しむ気持ちを持つべきなのかな、と。

 震災以降、そんなふうに思う気持ちが少しずつ、大きくなってきました。

 なかなか難しいですが。



 ではでは。

ゲスト



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