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狂人花畑番外地 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-02-07

[]褒め合う素人集団には成り下がりたくない 12:03 褒め合う素人集団には成り下がりたくない - 狂人花畑番外地 を含むブックマーク はてなブックマーク - 褒め合う素人集団には成り下がりたくない - 狂人花畑番外地 褒め合う素人集団には成り下がりたくない - 狂人花畑番外地 のブックマークコメント

先日ある方に言われました。

あなたはなぜコンポラGバトロワ企画批評に於いてあのような酷いことを書いたのですか。あれでは外部から見た時あまりにも不穏な空気になるのではないでしょうか。それにあなた自身がとてもイヤな人間に映るのではないですか。互いに磨き合って良いものを産み出そうとするのなら作品の良い面を取りあげるべきではないのですか。

私はこう答えました。

それを書く必要があると思ったから書いたのです。私以外に作品に対してそう思った人がいるだろうとも思い、そうであるならそこに触れずにいることは同じ場で書く者同士である以上、良くないと思いました。逆に誰もが思わなかったとしたら尚のこと書く必要はあると思いました。私がどのような人間だと思われようが全く構わないんです。ええ全くどう思われようが。

話が変わるようですが。

私は「それは誤解です」と言う人間好みません。誤解だろうが何だろうが相手がそう思ったことにはそれなりの理由が必ずあるのです。それを認めずに誤解だなんてそれこそ横暴だ。誤解されてはじめて自分の考えを修正含めて明らかにするなど卑怯です。なら初めから書けよ、だ。したがって自分が誤解されてもしょうがない。そのように伝わったのだから仕方がない。わかる人にわかってもらえればいいと思うし、わからない人にわかってもらおうと弁解するなど時間と労力の無駄だと思っています。殊にネット上に於いては。それは何度かの経験を通して痛切に感じるところです。そしてわからない人というのは圧倒的に多い。少なくとも場を同じくしている人たちには、私の言っている意味が伝わっていてほしいと願います。

何かを創造しようとする人種を私は信頼している。そういうことでしかない。ジャンルが何であれ、何かを創り上げようとする人とそうでない人との意識と思考の隔たりは当然あり、また当然あるべきである。私がブログタイトルに『狂人』という言葉を使っているのは、曲がりなりにもそういった意味での自負があるからだ。

taketake2007/02/16 13:25私は今日まで、自作に就いて語った事が一度も無い。いやなのである。読者が、読んでわからなかったら、それまでの話だ。創作集に序文を附ける事さえ、いやである。

 自作を説明するという事は、既に作者の敗北であると思っている。不愉快千万の事である。私がAと言う作品を創る。読者が読む。読者は、Aを面白くないという。いやな作品だという。それまでの話だ。いや、面白い筈だが、という抗弁は成り立つわけは無い。作者は、いよいよ惨めになるばかりである。

 いやなら、よしな、である。ずいぶん皆にわかってもらいたくて出来るだけ、ていねいに書いた筈である。それでも、わからないならば、黙って引き下るばかりである。

太宰治「自作を語る」

また引用しちゃいました。

徒党、はイヤですね
それならいっそ、孤低に甘んじたほうが・・・

あ、これもまた、引用。

h_cath_cat2007/02/19 15:09太宰治にレスするわけにはいかないなぁ。

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