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2007-04-24

[]読まれてこそ 13:16 読まれてこそ - 狂人花畑番外地 を含むブックマーク はてなブックマーク - 読まれてこそ - 狂人花畑番外地 読まれてこそ - 狂人花畑番外地 のブックマークコメント

結論から言うと私には反論などない。誰にどう読まれたとしても反論などあるわけがない。むしろこのように私個人が持ち得ない視点から読み解いていただけることは宝である。

C-U内部(非公開フォーラム)では寸評会や入会審査などがあり、他人の作品について批評することを避けられないのだが、私は南無さんの評だけは常に信頼している。絶対的にブレがないからだ。他メンバーダメだというわけではない。読み手となるのはいつの時代も、そういったブレを内包する「わたし以外の人」であり、そうでしかないからだ。

作品についての『長所』を知っているのは実は書いた本人であり、しかし本人にだけわかる長所だけでは作品としての完成度は決して高くないのであり、だからこそ批評酷評されるべきなのだ。

この批評の公開を望んだのはコンポラGメンバーに読んでほしかったからである。私はコンポラGメンバーがここに載せている作品は今まできちんと読んだことがない。それどころかC-Uの作品であっても批評しなければならない場合以外は数行読んで「ケッ。」と思うと読まない。「読ませない」作品は読まないということだ。

ということで。せっかくの場です。皆さん書き続けて下さい。

書き続けて下さいとは、読ませてみやがれ、ということである。

namgennamgen2007/04/24 13:27うへぇ!
ほとんど全文じゃないのか。もう一度手を入れたくなる内容なのに・・・(泣

freezingfreezing2007/04/24 17:00ぼくも散文として、小説として読みました。表現が詩的でなくても世界観が詩的なら散文詩としてなりたつのですが、h_catさんの場合は「言葉の吐き出され方」の美しくなさが、詩的であるように感じました。詩とか小説といった区分なんか押し流そうとする「美しくなさ」が感動的でした。
ついでに部外者ですが、アッキーさんの提起している問題は、「同人誌」と呼ばれるものがいつもひっかかるものです。しょせん創造が孤独のものなら、なぜ仲間が必要なのかという問題で、アッキーさんのような(創造への)接近の仕方をすると答えはひとつ、グループは、同人は必要ないと言えるだけでしょう。しかし違う接近方法があるかもしれません。
まあ歴史的にも経験的にも同人誌は長く続くようなものではないですね。

h_cath_cat2007/04/25 03:11>南無さん、短くしようにもどうしてもできませんでした。
詩表現としての一言一句を私自身まだ信頼できていないということなのだろうと批評を読んで思いました。信頼できなかったのは私が詩を書いたことがなかったからです。「これは詩だ」と言った瞬間からすべてが始まったような気がします。思いが先に走り出しただけだった…とも。どれだけ詩を読んでも詩論を読んでも、詩に歩み寄ることはできませんね。でもまたきっと書きます。そう思わせるだけの魔力は体感しましたから。

h_cath_cat2007/04/25 03:16>freezing(M)さん、コメントありがとうございます。「美しくなさがよかった」と言われて嬉しいです。私の書いたものには「瞬間の王」など微塵もありませんでしたが、それでも何か別の世界が開けたように感じたのです。これは今まで書いてきたような言葉の欠片や断片ではない!詩である!と、書いたものに対してはっきり名付けてやりたくなったのです。強烈に。詩はまさしく「生き死に(いきしに)」ですね。書いてみてそう思いました。そしてこう思うまでの間に私はMさん(詩人:井上瑞貴)に少なからず影響を受けたと言えます。私が生まれてはじめて「出会った」詩人であるからです。
それからアッキーさんのTBによって提起されたこととMさんのコメントに関しては、あらためて明日、本記事で書かせて下さい。
Mさんの《言葉に望みを託す》という昨年のエントリー
http://freezing.blog62.fc2.com/blog-entry-47.html
を読んだ時に思ったことや、同人誌、C-U・コンポラGについてなどが複雑に絡まり合って、すぐには書ききれない私なりの思いがあります。たいしたことは書けないと思いますが…。

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