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敵も愚民である

-愚民唯我独尊ごろくより-
 

2007-02-10

namgen20070210

[]オブジェとかコラージュとかで本屋さん巡り 03:19 オブジェとかコラージュとかで本屋さん巡り - 愚民の唄 を含むブックマーク はてなブックマーク - オブジェとかコラージュとかで本屋さん巡り - 愚民の唄 オブジェとかコラージュとかで本屋さん巡り - 愚民の唄 のブックマークコメント

 最近本屋さんへまで出掛けるということが億劫になっているのだが、久しぶりにこの数日通っている。そして夜は読書というわけで寝不足気味になってしまっている。ゆえあって、参照資料のための本あさりをしている。最近乱読ぎみていうか久しぶりにこのような本の読み方をしている。思考の衰えからか読むスピードが格段に落ちたといえる。七年前の家出以来、前宅にあった昔読んでいた本をもう一度買い求めることが多くなった。これも仕方がないことだ。大概が文庫本で復刊していたりもするのだが、古本の類になったものも多く新刊書しか扱わない昨今の本屋に行ってもなかなか探すころのものが見つからないでいる。結局はアマゾン古書関係で数冊注文することにしたのだけれども、一軒の古書店だけでは揃わず数軒に分散して注文となり送料分がかさむ結果になっている。

 復刻している単行本や文庫本、新書なんかにも目が行ってしまい何冊か買って読んでいる。特に目立ったところではハンス・ベルメールHans Bellmerの写真集「THE DOLL」が復活していたので購入した。それに伴い六〇年代の後半に美術出版社から刊行されていたパトリック・ワルドベルグPatrick Waldbergの「シュルレアリスム:Chemins du Surréalisme巖谷國士*2」が文庫本化されているのを知り、それも購入し現在読解中ってところです。 先日読んだ四谷シモン*3の「人形作家:新書版」が当時の文化風俗という視点で読み物としておもしろかったところから、あらためて自分が60年代後半から70年代半ばに刺激を受けたものに向かっていったのだろうとも思ってる。またこれとは別に最近造形作家*4の方と会う機会がありそのまま二人でコラボをしようか、ってなことになったという経緯もあり、いろいろ資料あさりということの意味合いもある。特に美術系に疎いことから基本的なことだけでもという気持ちもある。ま、年寄りの焦りと言えばそれだけのことに過ぎないのだけれども。

 書店へ行くと本来の目的物以外のものにも手が出てしまう。90年に刊行された吉本隆明赤坂憲雄*5の対談集があらたに文庫本化されていたので、つい手が出てしまった。何を今更、天皇制云々かとは思うのだけれども立ち読みをした感じではやはりじっくり読んでみるか、という気分になったのだろうと思う。その他復刻版アーヴィングウォーレス, Irving Wallaceのエンターテーメント関係「THE WORD」も上下二冊。読み終わるのに二晩かかった(笑)。ところで関係ないと言えば関係ないけど、イエスついでで「新約聖書」の新共同訳ってのは訳としては最低だな。全然ダメポ。やはり自分は岩波書店*6の方が数段美しいわかりいいと思う。

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ゲイジュツカやまとさんと深夜にまで話が白熱した。

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ザ・ドール

ザ・ドール

人形作家 (講談社現代新書)

人形作家 (講談社現代新書)

シュルレアリスム (河出文庫)

シュルレアリスム (河出文庫)

新約聖書 福音書 (岩波文庫)

新約聖書 福音書 (岩波文庫)

天皇制の基層 (講談社学術文庫)

天皇制の基層 (講談社学術文庫)

*1:1902-1975:ドイツ領カトヴィツェ(現ポーランド)に生まれる。ベルリン工科大学に進む。1933年ナチスに抵抗。1935年パリに一時滞在しアンドレ・ブルトンポール・エリュアールらと交流。1938年妻マルガレーテ死去。ナチスの脅威を逃れてパリに移る。1939年ドイツポーランド侵攻により第二次大戦勃発。独国籍のため敵国人として収容所に抑留される。1947年シュルレアリスム国際展」に参加。

*2:巖谷の文庫本化に当たってのあとがきを読むと68年当時の訳をまた手を加えてより読みやすさにつとめ、訳注や資料関係を増補している。底本は1965年仏語版。

*3四谷シモンについてはウィキペディアWikipedia)を参照。クリック

*4デザイナーであり、演出家であり、人形作家であり、コラージュ作家でもあるという多才な人なので仮の呼称ではある。彼の方で絵コンテが出来次第打ち合わせに入り自分なりの役割を果たそうと思っている。彼の作る人形等はここをクリック

*51953年生まれ。東北芸術工科大学教授。「王と天皇」、「柳田国男の発生」などの著書がある。民俗学専攻。

*6新約聖書福音書」塚本虎二訳に慣れている所為なのか。マルコ16,ルカ23,ヨハネ20を読み直して訳者の存在感を感じ入っている

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2007-02-05

namgen20070205

※写真は石川達三

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ストーリィテリング

 私はミステリと呼称されるいわゆるエンターテーメント系の小説を読むこともある。数はそんなに読んでいるとはいえないが、謎解き部分があるということが私が惹かれるひとつの理由になるのだろうと思っている。その謎が歴史的なものを解き明かすみたいな展開になるとジジィの習性としてぐっと惹かれてしまう時もある。そして、それが自分の関心事のどこかに触れているとますます読み込んでしまう。つまり物語の虚の部分と云うべきものに私の身体を運んでいって貰っている状態を楽しんでいることになる。

 たとえば、キリスト者の世界の中で『ダ・ヴィンチ・コード』みたいな歴史ミステリ*1に人気があるのはそこに提供されている虚の世界を娯楽性を交えながら、あたかもあるかの如く一般大衆である読者に見せるからである。ただ、キリスト者の少ない日本に於いてベスト・セラーになったことは意外だった。

 小説の世界では特に物語性というものが重視されることは云うまでもない。過去の歴史に光を当てるということを普通の読み手に違和感なく伝える方法のひとつとして「小説」と云う手段を使うと云うことはよくあることだ。で、今回は、つまり物語になっているのか、あるいは物語を書くにあたってのテクニカルな部分を少し述べてみようと思う。

「コヒアヒア・アマソーナ-Paco Garcia-」の物語性

 C-Uで現在創作を発表しているPaco Garciaの作品について考えてみたい。「コヒアヒア・アマソーナ」は従来の彼の創作の中では原稿用紙にして80枚(27,000文字)程度ということで中編域と呼ばれるものになるだろう。彼が中南米地域にいた頃から温めていた構想のひとつなのかと思う。現にラテンアメリカに題材をとった作品が既に幾つかある。Paco Garciaの実体験からくるものとしては、その他、母の出自である京都を舞台にしたものも多い。今回はC-Uにおける企画と云うことを頭に於いても彼のストーリーテーラーぶりを窺える作品となっている。

 雪が舞っていた。高い位置に穿たれた小窓を通して見える雪が、くすんだ灰色の空を背景に乱舞している。風が強いようだ。

「セニョール。黙秘することはあなたにとって決して有利には働きませんよ」

 サンタ・カタリーナ州警、タカシロ・マウロ警部補は丁寧な日本語で言った。目の前に座る老人は背筋を伸ばしたまま、広いテーブルの角に置かれたコヒアヒアの鉢植えを見つめ続けている。タカシロの言葉など、まるで耳に入っていないのかも知れない。

(70歳をいくつか越えているだろう)

 老人の顔に刻まれた深い皺に目をやり、タカシロは思った。真っ白ではあったが髪は豊かだ。静かな光りを湛えた双眸と、真一文字に結ばれた唇が意志の強さを物語っていた。

 あら筋は、太平洋戦争末期におけるブラジルでの一種の戦争秘話という設定で物語が進んでゆく。ブラジルという遠い地に置かれた移民達にまつわる話という設定であり、物語としての仮構力が遺憾なく発揮された作品といえるだろう。おなじく戦前の東北出身のブラジル移民を描いた石川達三の『蒼氓 そうぼう』*2を思い出すのだが、おもしろさの展開としては「コヒアヒア・アマソーナ」の方が面白かった。*3物語の展開としては定石を踏まえたものとなっていて現代のブラジルで起きた日系人の殺人事件を担当する、これまた日系の刑事の取調室での風景から始まる。まして普通の日本人が南国だと思い込んでいるブラジルに雪まで降らせている。その始まり方が何か先を予感させるものをも含み背景大道具としてはよい仕立てだともいえる。こういうのを書かせると彼は他に(C-Uメンバー)追従を許さないものを持っている。殺人者の身元ばかりか被害者の身元も謎めいた始まり方をしていて読んでゆく内にそれが徐々に明かされてゆくという、これまたミステリの定石を踏まえた展開である。その現代に起こった殺人事件から一挙に過去に向かう。松本清張あたりが、嘗てよく書いた構成仕立てのようにも思えた。

 物語としての核心は敗戦に向けての日本特務機関員である難波と在伯商社マンである野津との会話でわかるように天皇制の存続にまつわる筋が中心に据えられ、それに翻弄されてゆく主人公の悲劇を取りあげている。ある意味では興味のそそられる始まり方だといえよう。歴史から題材をとったミステリはかくも面白いのかと思わされる。

「問題は陛下のご処遇です。米議会では陛下の処刑を望む声が強い。むしろそれが主流と言っていい状況だ」

「同時に天皇制の廃止もありうるのでは」

 野津は思っている疑問を口にした。

「考えられることだ。あるいは天皇制が残ったとしても、万世一系の皇統が続くとは限らない。欧米の合理主義者たちが、皇室に対する日本国民の感情が信仰そのものであるということに気づいてくれればいいのだが、それだけは何とも言えんよ。とにかく、最悪の結果を想定する必要はある」

軍部が恐れるのは皇統の断絶。つまり皇族を初めとするすべての宮家の処刑だ。あなたは皇統を絶やさないための工作を考えていらっしゃるのでしょう」

 敗戦後皇統の存続を密かに南米に於いて行い、そのための資金を貧乏で苦しむ日系移民のなけなしの金から集めようという一種の不可能にも見える策が成功する背景も描いてゆくのだが、このあたりはもう少し説得力も欲しかった。結果的にはその作戦に与した主人公たる野津が同じ移民仲間の密告によって懲役40年の刑に服し、また最愛の妻も服役中に自殺してしまうという悲劇仕立てで、これでもかこれでもかというストーリー展開になっている。

 これ以上は本作を読んで頂くとして、本題のストーリィテリングということに戻るのだが、彼は史料を幾つかあたって本作を書いたのだと思っている。この物語を書こうとした動機付けのひとつに彼のブラジルにおける体験の中での一世の話*4がある。たとえ、その話が10行でしかなくともここまでイメージを膨らませて書いたと言うことに脱帽したい。だが小説という形態をとった場合にもう少しテーマというものを深めていってもよかったのではないかと思う。なんと言ってもストーリがかたちを作っていく時にはより一層のリアル感も必要である。一世である野津と三世である取調官のタカシロ・マウロ警部補の間で本当に日本人として共有できるものが何であったのかが少し稀薄に感じた。これはとりもなおさず、年齢的な判断で申し訳ないのだが、野津に対する思い入れと較べてPaco Garciaのタカシロへの思い入れの稀薄さなのだろうと思う。物語の構成がほぼタカシロの目線を追うているものとしたら骨の一角が無いようなものになってしまう。タカシロは構成上、作者の思想を仮託するというべき人間であるならば、なおのことをその思いを深くしたのである。エンディングに向かってゆく中でタカシロの立場は黒子を越えたものであるはずなのだがそれが余り語られてはいない。そこで作者は息切れしたのかも知れない。

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『蒼氓』石川達三著 昭10.10 改造社「早稲田と文学」より

*1ルーブル美術館を発端として、イエスが生きていたであろう時代から現代までを一挙に展開させる物語性。

*2:この作品は1935年第一回芥川賞を受賞した。石川達三自身1930年ブラジル移民として渡航し日本人農場で働いていた経験を持つ。

*3:エンターテーメントとして読んだ場合もう少し長尺物であったらとは思う。

*4:※追記2007-02-07:私が書いたこのエントリを挙げたあと彼はこの『コヒアヒア・アマソーナ』にまつわる話として「404 Error - FC2ブログ」を書いたようだ。最初に書けよ(笑)。物語を書くに当たっての動機が語られている。

Paco GarciaPaco Garcia2007/02/06 07:58ここまで読み込んでいただけたことに感謝するとともに、ご指摘の的確さに驚愕しております。いつか書きたいと思っていた物語をやっと一つの形にすることができました。書き上げた時は、ずっと喉の奥に刺さっていた骨を取り除くことができたような気分だったのですが、時間がたつにつれ多くの綻びに気づくようになり、やはり満足はできませんでした。一つは南無さんが指摘してくださった「息切れ」の問題です。終盤は〆切を睨んでの執筆作業になりましたが、すでに息絶えていたのだと思います。黒子として、タカシロをもっと上手く使うべきでした。また臨場感を出すためにサイドストーリーを散りばめる必要もあったのかも知れません。何よりも歴史的な事実を描くことに重点を置きすぎてしまい、登場人物の描き込み方が浅かった。それが最大の問題点だと反省しております。駆け足で書いてしまった実感があります。
この話はいつか長編として再生させたいと思っています。登場人物一人一人の人生に深く絡んで行きたいとも。拙い創作を取り上げていただき深く感謝いたします。『蒼氓』よりも面白かったというお言葉は一生の励みになります。ありがとうございました。

namgennamgen2007/02/07 05:26あ、ども。
追記しました(笑)。

PacoGarciaPacoGarcia2007/02/07 07:26トラバしたんですが、外からだと打てないのかなあ。

namgennamgen2007/02/07 23:52はてなはトラックバックスパム対策として当然のごとく以下の仕組みがあります。
『トラックバックスパムを回避するため、「スパム設定」の有効・無効にかかわらず、トラックバック送信元ページに送信先ページへのリンク(またはURL記述)が含まれる場合のみトラックバックを受信します。』
ということです。おわかりになりましたか。

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