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敵も愚民である

-愚民唯我独尊ごろくより-
 

2007-03-23

namgen20070323

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『構成の原理』1

 ポォは異常ではあるが精神病ではない。それは一種の神経症である。

 これは精神分析学からポオを研究したことでも知られているフロイト学派であるマリー・ボナパルトMarie Bonaparte*1の言葉といわれている。だが、「精神分析文学批評」についてはここでの任ではないことも言いたい。また、それと同時に我々は19世紀に数多く書かれた詩人の人生とそれを描いた伝記というものにも注意深く距離を置かなければならない。確かに自伝的エピソードや記述はその詩人のメタフォリカルな部分を表象していて、とかく分析をしたくなるものである。しかし、こと文学史的な、といえばいいのか、詩的表現の問題に考察を進めれば、今やろうとしていることは間違いなく古典の再評価に臨もうとしていることでもある。だが、その前に、つまりのところ、一種のパラダイム・シフトを経て現在的批評というものもあるということを忘れてはならない。それが後世における我々の立場でもあるだろう。ポオは小説や詩の他に詩論というべきものも書いている。『構成の原理』*2The Philosophy of Composition(1846年)がその代表的な詩論である。またこの『構成の原理』はポオの代表的な詩篇である『大鴉』The Ravenを例にとり自らがその詩篇の分析を行っていることでもよく知られているところである。その意味では読む者の興味が一層注がれる内容となっている。以下先人達のポオ分析等を手がかりにして『構成の原理』と『大鴉』についての関係に言及してみたい。『大鴉』は1845年、『構成の原理』は1846年に発表されていて、これが相互の年代関係であるということをまず考慮の範囲に入れておかなければならないと思う。つまり、『大鴉』の1年後に『構成の原理』が書かれているということになる。そしてそれは多分、想像するにはきわめて挑戦的な言辞に覆われていて、当時の人々を惑わせるに十分な内容となっている。まず彼はチャールズ・ディケンズ*3がゴドウィン*4の書いた『ケイレブ・ウィリアムズ』の構成的手法が既に結末が出来ていて、それから始まりを思いめぐらしたという説を取り上げて、ポオはプロットというものは書き始める前に既に出来ているのが当然であるとして、ポオにとっての構成の手法を述べ始めてゆく。多分普通に行われているだろうストーリーの組み立て方、たとえば、物語の大綱を作りあとは描写や対話、自註で埋めようとする手法の中に読み手に与える肝心の「効果」というものが考えられていないと主張し、独創的な効果こそが作品の命であるべきだというのである。そして創作の秘密というべきものの公開をどの作家も行っていないという点を挙げ、彼はこの秘密というべきものを『大鴉』を例にとって展開しようとする。

 ぼくはときどき思うのだが、どんな作家でもいい、自分の作品のうちどれか一つが完成するまでに辿った過程を逐一詳述する気になれば(というのは、それができれば)、たいへん興味深い雑誌論文が書かれるはずである。そうした論述がなぜ公刊されないのか、ぼくには何とも言えないが、恐らくは作家の虚栄心が他のどんな理由にもましてそのことと関係しているのであろう。たいていの作家、殊に詩人は、自分が一種の美しい狂気というか、忘我的直観で創作したと思われたがるものだし、また舞台裏、つまり、手は込んでいるが未だ定着していない生の思想とか、最後の瞬間まで補足しがたい真の目的とか、無数の片鱗は覗かせても全容を顕すまでには熟していない観念とか、手に負えないことに絶望して放棄してしまった熟しきった想像とか、最新の取捨、苦しい推敲、要するに車輪と歯車、場面転換の仕掛け、段梯子と奈落、雄鳥の羽毛、紅と付け黒子といった、九十九パーセントは文学的俳優の小道具であるものを、読者に覗き見されることに怖気をふるうものである。

 他方ぼくだって、結末に至るまでの過程をもう一遍辿ることができるということが、どんな作家にでも当て嵌まるわけではないことぐらい承知している。総じて連想は雑然と浮かんでくるものであって、同じく雑然と追っているうちに忘れてしまうものだ。

  -『構成の原理』篠田一士訳-

 一見、既存作家に対して嘲笑的にさえ思える始まりとも言えなくはないが、当時の時代的位相を考えると、ことの内容はともかく充分革命的でもあるアジテートだといわざるを得ないだろう。また当時アメリカで文学を志す者達にとってもこの論は受け入れられたのではないかと思える。それが19世紀の時代性というものの他、ポオがこの時おかれている職における立場も考慮に入れなければならないだろう。『故エドガー・ポオ全集』の編集者であるルーファス・グリズウオールドのスキャンダラスなアメリカ独特の宣伝的手法を思い出せばよい。売れなければ値打ちがないのであるという資本の論理というものを無視することは出来ないという現実である。悲しいことではあるが、なにも21世紀に終風氏が『物を書くということと、書いて食うということについては - finalventの日記』で書かれているところのものが今に始まったわけではないのである。ここでは今、書かざるを得ない立場、というものもあるということだと思えばいいだろう。そして更に冷水をかけるようなことにもなるのだが、20世紀に至ると、よりシニカルで尚かつ愛情に溢れるW・H・オーデン*5(トップ写真)の以下のような辛らつな言葉を思い起こすべきである。

 たとえポーがその批評家としての才を充分に発揮することができなかったとしても、それはもっぱらポーの不運のせいであって、彼自身のせいではない。彼の優れた批評の多くが広く読まれないのは、それがまったく読む気が起こらないような作品の書評のなかに埋もれているからである。彼がときおりオズグッド夫人のような二流詩人を過大に評価したり、イングリッシュ氏のような内容のない人物を排斥するのに時間とエネルギーを浪費したとしても、それは生来どんなに固い食物でも消化する胃袋を備えた批評家が周囲の事情のために文学的おかゆを当てがわれる破目になったことの必然的結果であった。第一級の批評家には第一級の重要性をおびた批評上の課題が必要なのであるが、彼はそれに恵まれなかったのである。ボードレールに与えられた主題-ドラクロワコンスタンチン・ギュイ、ワグナー-のことを考え、それからポーが書評のために当てがわれた本のことを思ってみるがいい。

英国メフィストフェレスたち、またはある総理大臣の告白』

『キリスト教徒の花屋』

『女性の高貴なおこない』

テキサス史』

『ある悲運な紳士の生涯における浮き沈み』

四季についての聖なる哲理』

フランスにおける現存する著名人物素描』

『人生についての自由な鉛筆による一筆書き

アリス・デイ-韻文によるロマンス

『ワコンダ-人生の達人』

『故ルクレシア・マリア・デイヴィドソンの詩的遺稿』

  -W・H・オーデン(八木敏雄訳)-

 強烈なアイロニーといわざるを得ない。先ほどの終風氏の指摘するところの今日的な21世紀の状況を鑑みることなく、19世紀に於いてやさえ、まさしくポオのおかれた国内での当時の位相を示している。アメリカは遥かヨーロッパに知的位相として及ばざるとしてとるのか『構成の原理』における創造の普遍性にすくい取られるものを見るのかである。まず我々は「スタイルとはなにか 9-5」においての「ポオの書簡」から読み取れるポオの生活の窮状を思い出さなくてはいけない。無論我々はその普遍たるべきものの姿をこの『構成の原理』で見ていかなければならないということになる。さらにW・H・オーデンはポオの評論についての特質として当時の知を擬装する愚民世界を意識せざざるを得なかったことも述べている。

ポーがあらゆる長い詩を原則として攻撃せざるをえなかったのは、『失楽園』や『批評に関するエッセッイ』に対しては不当のそしりを免れないが、偉い詩人になるためには長い詩を書き、詩を通じて教訓を垂れねばならぬとする詩人や一般大衆の先入観をゆるがすためであった。

  -W・H・オーデン(八木敏雄訳)-

 ここに於いて我々はその時代にポツンとして置かれたポオの姿を見るのである。いつの世もあるようにそこに尖った者の孤独な影を見ることになってゆく。

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-映画Marie Bonaparteより-

 -スタイルとはなにか 9の6(その2)に続く-

黄金虫・アッシャー家の崩壊 他九篇 (岩波文庫)

黄金虫・アッシャー家の崩壊 他九篇 (岩波文庫)

*1:マリー・ボナパルトMarie Bonaparteフロイト理論を早くからフランス語に翻訳した。フロイトの最後までを看取った女性としても特別な存在であり、その生涯はカトリーヌ・ドヌーヴ主演によって2004年テレビ作品化されていて、80歳(フロイト)の男性と50歳(プリンセス・マリー)の女性のラブ・ストーリーとして描かれている。著書としては『クロノス・エロス・タナトス―時間・愛・死』Chronos,Eros,Thanatosなどがある。

*2:『構成の原理』篠田一士訳、The Philosophy of Composition「構成の哲学」と訳されている場合もある。この論では『構成の原理』とし、The Ravenを『大鴉』とした。

*3:チャールズ・ディケンズCharles John Huffam Dickens, 1812年2月7日 - 1870年6月9日は、イギリスヴィクトリア朝を代表する小説家自伝的要素が強い『デイヴィッド・コパフィールド』をはじめ『二都物語』、『大いなる遺産』などの作品がある。

*4:ウィリアム・ゴドウィンWilliam Godwin, 1756年3月3日-1836年4月7日。イギリス無政府主義者ジャーナリスト。小説『ケイレブ・ウィリアムズ Things as they are,or theadventures of Caleb Williams,1794年』と論文集『探求者』(1797年)、回想『メアリー・ウルストンクラーフトの思い出』などがある。

*5:ウィスタン・ヒュー・オーデンWystan Hugh Auden, 1907年2月21日 - 1973年9月29日詩人英国ヨークに生まれる。1946年にアメリカ国籍を取得。ウイキペディアについてはここを参照。

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