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敵も愚民である

-愚民唯我独尊ごろくより-
 

2007-05-17

namgen20070517

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『構成の原理』4

 ポオは『構成の原理』を書いた意図について自分の創作方法の秘密を明かすのだともいっている。

 ぼく自身はといえば、いま言ったような嫌悪は感じないし、いつだって自作の進行過程を回顧するのはたやすいいことだと思っている。それに分解とか再構成とかいった必須ともいうべきことに対する関心は、分析を受ける作品に対して実際に懐いている、或いは懐いていると思っている関心とは全然別個なものだから、ぼくが自作の一つをとって、その創作方法を明かしても、礼に悖るとは思えない。

  -『構成の原理』篠田一士訳-

 だがしかし、ポオは同じくこの『構成の原理』において書いているところのものに表現者としての本性もしっかり書いていることも思い出さなくてはいけない。現に彼は『他方ぼくだって、結末に至るまでの過程をもう一遍辿ることができるということが、どんな作家にでも当て嵌まるわけではないことぐらい承知している。総じて連想は雑然と浮かんでくるものであって、同じく雑然と追っているうちに忘れてしまうものだ。-構成の原理(本論『構成の原理』1で引用したポオの言葉。)-』と書いていて、つまりポオもその中に含まれうるということも示唆していると言えるだろう。そうであれば、この論じたいが前半部分の論理と中半部分の論理に矛盾を含んでいることにもなるし、ある意味ではこの『構成の原理』自体がもっているものは1年後という後日に書かれた『大鴉』への一遍の分析にしか過ぎないことにもなる。それも作者自身がその作品の批判というものを排除した上で批評しているのである。つまりそれは厳密な上での「批評」ではないのも明らかであり悪くいえば「解説書」にしか過ぎない。無論それはそれで含みうる論の中に詩作に対しての「矛盾」を捨象しても価値あることは認めなければならない。だが詩作品は作者の観念の代理物ではない。ポオにとっての大作(だと彼自身は思っているはずである)である『大鴉』を少しでも認知されることも望んでいたはずである。またそれが世間がポオをもっと認知してくれるはずだという、いわば一種の確信犯的な思惑によって書かれたと思わざるを得ない。それを愚かであると言うべき言葉を今日の我々は持つことは出来ないし、そこには今も文学の世界に於いて問われている問題をあまりにも多く含んでいるからである。つまり決して古くない問題をポオ自身が我々に伝えているからだともいえる。そういった意味で言うならば『構成の原理』には読むべきものはあるということになるだろう。実際のところこの『構成の原理』は当時ポオが意図したように読まれたのであろうかと考えを巡らせてみると、多分彼の思惑と大きく離れたところにしかアメリカ文学界みたいなものがなかったのであり、もはや世間は次の時代にまさに入ろうとしていたとも言えるだろう。当時はそれを裏付けるかのようにポオの作品全体は世間では怪奇に満ちて謎めいた大衆作家として二、三編程度が読まれる程度であり、広くアメリカで文学的に認知されうることもなく、やがて朽ち果てた十字架のように忘れ去られてゆく。これはある意味ではアメリカがヨーロッパよりいち早く近代資本主義から現代資本主義の台頭の中で目覚めてゆくという大きな歴史の必然の中で一人の作家が蹂躙されてゆく姿を我々に見せているといえる。一つの近代が終わる時の末期の姿をヨーロッパに先駆けてポオが見せてくれるのであり、それゆえその詩群も普遍性を纏っているのだ。つまり悲しいことにポオが認知されうるまでには相当の年月を待つしかなかったのである。W・H・オーデンがいう次の言葉はポオの置かれた立場をいみじくも代弁していると思っている。つまり20世紀の中頃になってようやくポオの評価がされはじめたということでもある。

まず最初に、彼の墓は二十六年間も墓標さえ建てられずに放置され-それがついに建てられることになったときには、その建立式に出席した唯一のアメリカ作家はホイットマンだけであったが、彼は今日では二、三の学者の一生の仕事の対象になる危険性にさらされている。学者は、むろん、たいへん有用である。というのは、彼らの献身的な仕事によってはじめて、ポーはあらゆる作家が望むような読者にめぐり合えるかもしれないからである。

  -W・H・オーデン(八木敏雄訳)-

 さて、我々は再度、詩表現における韻律の問題に立ちかえらなければならない。ポオの他の詩たとえば『アナベル・リィAnnabel Lee』*1もその女の名前が読みやすい韻を響かせており、詩表現として優れているかを別として誰でもが口ずさみ易いものとなっておりアメリカに於いてもポピュラーな詩である。そしていずれの女も死んでしまったことに対しての男の追慕であることも共通している。また『大鴉』で詠まれている死んだ恋人の名はレノーアLenoreとなっており名前そのものがポオがいうような「子音のrと母音のo」でもあり、別詩である『レノーアLenore』*2とも同じくしている。それを考慮に入れると暗示的でもありポオが如何に音韻を意識していたかも分かるだろう。だがしかし、一方でそのリフレィンに伴う韻律についてW・H・オーデンは英語という言語圏を同じくする詩人として以下のように述べていることを書きとめておきたい。

だが問いと答えは別にしても、語の筋が自然に流れなければ、詩の効果が損なわれる危険はまだあり、ポーは英詩ではめったに用いない女性韻*3を多用する韻律法を採用したものの、これが筋の流れに対抗し、ときには詩に悪効果をもたらすことになった。

Not the least obeisance made he; not a minute stopped or stayed he;

But, with mien of lord or lady, perched above my chamber door,

(鴉は会釈ひとつするでなし、ひとときもとどまらず、とまらず、

貴人か貴婦人かの物腰で、私の部屋の戸のうえにとまった)

ここで"stopped or stayed he"とか"lord or lady"とかのように同意語を反復する必然性は語り手にも、その場の情況にもなく、ただ韻律の必要からそうなったに過ぎない。

  -W・H・オーデン(八木敏雄訳)-

 また同様に「ユーラルーム-バラードUlalume-A Ballad」*4についてもポオが母音にこだわったばかりにその音色の犠牲になって詩全体のもつ意味が判然としなくなったと手厳しく批判している。

 わたしは詩表現の持ちうる像領域を空間性に流れてゆく意味喩と深く時間化度を増してゆく暗喩というものによって成り立っているという言い方をした。大方の近代詩はそのように成り立っているからである。『大鴉』においては恋人を亡くした学者が風格のある鴉の出現によった学者の心象の変化を描いている。そして更にいうならばポオのいうように彼が拘りを持った言葉であるところのリフレィンによる"Nevermore"とは連句の中でどのような姿を見せるのだろうかと言うことにもなると思う。つまり"Nevermore"の意味性の変容がどのように為されたのかという表現の本質的な部分に触れなければならない。11連句にまたがる中で繰り返される"Nevermore"は無論ポオに言わせれば構成され意図されたものであり、誰が何といおうとも音韻を最適に配置したということになる。さらにもうひとつはわたしにとっては詩が持ちうる喩の力学に於いてどのように深みを帯びて像領域を彼がいう通りに果たしているのだろうかということになる。つまり言葉が"Nevermore"という同じ言葉なのに描く像領域がどのように変わるのかということになる。つまりポオのいうように劇的なまでに美しい詩になっているのかということでもある。そしてついでながら全てに於いて『構成の原理』の通りに詩は出来上がっていたのかということにもなるのだ。だがしかし詩表現は直観による垂直時間の馳せ上がりである。極めて言語表現における時間化度が濃密になったところに表現美が現れると言い換えれる。つまり『構成の原理』に基づくようにして詩は書かれないと言うことにもなるのだ。

  -スタイルとはなにか 9の7に続く-

*1:Annabel Lee:1849年

*2:Lenore:1831年

*3:feminine rthme:二音節または三音節の押韻で、アクセントのある音節のあとで弱い一(二)音節で終わっているもの。例としてはmotion,notion/fortunate,importunateとかがある。

*4:Ulalume-A Ballad:1847年

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