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2006-11-30-Thu呪文

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葡萄の樹が、初夏の乾いた風に揺れている。

イタリアの温暖な地方の村にあるというその樹は、樹齢60年あまりだ。

年を取りすぎて少しだけしか実をつけなくなった樹。

だが、そのわずかな実でつくられる葡萄酒はどっしりと重厚で、まろやかな風味がある。

村から丘を見上げると、古びた城壁が連なっている。

鐘の音が聞こえる。

朝な夕な、豊かな収穫を祈り感謝を捧げる純朴な人々。

果樹園の葉陰で女たちのスカートが風をはらんでひるがえる。

いますぐその丘の上に立ち、目を閉じて風の匂いを感じてみたいと切に願った。



目の前に置かれたヴィンテージの封を流れるような手つきで開けながらソムリエが熱心に説明をしている。わたしにではなく分厚いワインリストからその赤ワインを選んだ、わたしの連れの男に向かって。手持ち無沙汰なわたしはラベルの絵をぼんやりと眺めている。標高の高い場所でしか育たないといわれる古木の幹は曲がり具合がなんとも奇妙だ。まるで魔女の杖みたいとつぶやくと、カウンターでグラスを磨く若い男だけがこちらを向いて愛想笑いをした。


産地にもよりますが、葡萄の樹は樹齢20年を超えたあたりから、だんだんと良い仕事を始めるものなのです。味わいに品格が加わり、重みと深みが増します。ええ、そうですね、女性でいえば30代後半から40歳前後といったところですか。


グラスを揺らして連れの男が満足げに頷き、わたしの顔を覗き込む。

何度も訪れたイタリアで、その村のワインがすっかり気に入り、しばらく滞在したのだと無邪気に話す。

食事を終えて、ここについてきてしまったことを、わたしは後悔しはじめていた。


真上からの照明がプリズムのように反射して桜色の爪に光の像を落としている。客がグラスを手に持とうとしたとき、そんなふうな模様を映し出すよう計算して設計されているのだろうか。幾何学的な光の絵柄が可憐な野の花に似ていて情けなくなる。

わたしの指先はもう何年も手入れらしいことをしていない。水仕事や姑の世話に都合がいいよう切りそろえた深爪は、愚鈍な子供の手指を思わせる。そんな爪の表面にヤスリをかけてマニキュアを塗ったのは久しぶりだ。午後のキッチンでわたしは心を静め丹念に色をさした。

でも、この店のカウンターの深い色みの上では、安っぽく浮いてしまっている。光が当たって指先の荒れが目立つことに気がつき、とっさにグラスから手をひっこめた。


もしかしたらわたしはみすぼらしく見えているのかもしれない。

さっきクロークで持ち物を預けたときの女主人の仕草が不愉快だった。そつのない微笑みを浮かべコートを脱がせたあと裏側のタグをさりげなく検分しているように見えたのだ。いや、間違いないく品定めしていた。

それは私が昔やっていたことと同じこと。日常的に客を値踏みする癖がついていたあの頃の私と同じ。

わたしの今日のコートは量産店のバーゲン品で、人気ブランドの売れ筋をあからさまに模倣してつくられたライン。コート下の化繊のニットワンピースと一緒に衝動買いしたが、両方合わせても二万円を超えない代物だった。そこそこ上質な昔の衣類はすべて処分してしまったし、手元に残っていたとしても年齢を経た今の自分に似合うはずがなかった。


先週男から久しぶりに会わないかと携帯メールがなければわざわざ服など買いに走らなかっただろう。「晩飯はいらない」とか「遅くなったから泊まって帰る」とか、そのまま冷凍庫に放り込みたくなるようないつもの液晶画面に、普段と違う見慣れない文字列をみて息をのんだ。


 元気か。どうしてる?


夕刻の総菜売り場の喧噪が止み、静まりかえったフロアの中央で携帯画面を見つめたままわたしはしばらく動けなかった。




ひさしぶりにみた男の頭髪は白髪が目立つ。

だが体型はまったく変わっていない。

歳月に裏打ちされ自信と落ち着きを増した風貌に、濃い灰色のスーツがこの上なく馴染むようになっている男。歳月にすり減らされ目減りしてしまったわたし。

なんて皮肉な情景なのだろう。

洗練されたこの店でわたしひとりが場違いな異物。そんなふうな気がして居心地が悪い。主だったワインのラベルを観るだけでただちに舌先に味を再現できる自分が哀れだ。産地の違いも、年月が醸し出す微妙な味も、テイスティングのマナーも、無知だった男に最初の手ほどきをしたのはこのわたしだというのに。いまやソムリエが舌をまくほどの知識を身につけた男の、背後にある時間を憎んだ。わたしの知らないとしつき、幾夜となくグラスを交わしたであろう見知らぬ女たちの、思わせぶりな伏し目と上気した頬のいろを想い、息苦しくなった。

こんなところに来たくはなかった。食事をしてふたりほろ酔いのまま流れ着けば良かった。肌のぬくもりがまだあちこちに残っているはずのあの小部屋に。






ほんの二時間前に起こったことが、遥か昔の出来事のように感じる。

ホテルの部屋を訪れた私を男はいきなり抱いた。

唇を吸われ、息もつかせず胸をまさぐられた。

テレビの画面には卑猥なポーズの女が映し出されている。喘ぎ声が反響し、淫らな気配が空間に充満している。

誘われればすぐにやってくるおまえのような女に、配慮など必要ない、たかがおまえごときとの再会の舞台設定はこれでじゅうぶんといわんばかりだ。

そんなわたしの戸惑いを察したのか、耳元に顔を寄せた男がせつなげに囁いた。


 今すぐしたい。飯を食う前に、しよう。


男が発したのはそれだけ。なんの言葉もなかった。

かえって救われた。いまさら時間や距離を埋めるための能書きを語り合っても薄ら寒い。たぶん男もそう思っている。


テレビの画面の若い女。黒い競泳用水着に穴を開けられ乳房をあらわにされ、複数の男たちに両側から足を抱えられ身をよじっている。画面に大写しになった丸い尻が剥きたての桃のようだ。中央の膨らんだ丘に刃物があてられ薄い生地が縦一文字に裂かれると、ぷっくりと厚みのある赤肉がモザイク越しにあらわになるのがわかった。女がみけんに皺を寄せ「やめて」と哀願する。陵辱に歪んだ顔がアップになるが、表情は醒めきっている。おそらく狭い撮影現場には照明だの音声だのたくさんの人間がひしめいていて、女優はその中で監督に指示されるまま従順に演技をこなしているだけなのだろう。

あえぐ声が単調で嘘くさい。もっともそんな状況の中ではなかなか本気で感じられないと思う。どんな条件でもすぐに達することのできる女もいるのだろうが、少なくともわたしは簡単に自分を解き放つこととなどできない。

そんなふうになれるのは、秘められた空間で特別な相手とただふたり、濃密な時間を共有したときだけだ。


かつて、わたしの鎧のような自我を根気よく時間をかけて取り去り、中に潜む獣を解放してくれた神々しい男が再び目の前に現れて、この緩んだ太ももの間に顔を埋めている。こんなふうに貪られた最後はいつだったろう。

獲物を扱うように乱暴に足首をつかみ腰を持ち上げらげる。なつかしい湿度の手のひらが幸福な時期の狂おしい記憶を呼び戻した。男がわたしの裂け目に乾いた指を突き立てる。打ち付けるように深く激しく。粘った水たまりをかき乱す音が聞こえている。狭い範囲だけでわたしの肉がうねうねと波打ちはじめるのがわかる。そのさまを上から見下ろして男は短い問いかけをした。羞恥と分泌液にまみれた単語を、わたしは命じられるままに繰り返し口にする。ぬかるみを丸くもてあそびながら男が入ってきたとたん、沼地があたたかくせりあがり、一度目の小波が押し寄せてきて、カメラ目線のAV女優の苦悶に歪む顔が一瞬だけ菩薩のまなざしになったのを観た。



二時間の間に二度、男は果てた。

荒い息のままわたしを後ろから抱き、低く響く声で言った。


 ルームサービスがいいか。

 それとも、服を着て出かけるか。


昔と変わらないやりとり。

わたしは、どちらでもかまわないと答えた。




結局、わたしの中の獣は、最後まで檻を出られなかった。

迷いながら柵の入り口までくるもののうろうろとおびえ、外の世界に向かってもどかしげな遠吠えを繰り返していただけだった。





 このスーツ覚えてるかな。

 君が、選んでくれたんだよ。誕生日に。


クローゼットを開け照明の下で着替えながら、男が言う。

ダークグレイのダンヒル。ああそういえば見覚えがある。思い出した。クリスマスに贈られた時計のお礼をしたいからと一緒に選んだ服。あのブルガリの時計をとっくの昔に手放してしまったことを彼は知らない。

たしかに、店での売り上げが常に上位で、羽振りの良かった時期もあったことはあった。でも高価な品物を貢がれたからといって、誰にでも気前よくお礼をしたわけではない。男に、それもひとまわり近く年上の男に数十万の服を買い与えるなどと、そんな馬鹿馬鹿しい真似をしたのはあれが初めてだし、おそらくこれから先もないだろう。


あの雪の日、試着室から出てきた男の姿を観てわたしの胸は高鳴った。少女の頃、物語の中に夢見た立派な紳士がそこにいたからだ。美しい筋肉の上に、適度な放蕩でなめらかに脂肪ののった肉体。雄々しい肉食獣を思わせる顔つき。質の良い服ほど着る者を選ぶというが、彼という人間は服に着られてしまうことがけっしてなかった。上り坂の男性特有の気迫が、衣装と相まって強いオーラを放つ。そんな特別な男に抱かれ、一緒に出歩くことが最上の喜びだった、愚かしいわたしの、二十代の終わり。


わたしはのろのろとベッドを降りて、散らばった衣類を拾い集めバスルームに行った。

勢い良く出る湯を下半身だけにあてて、くぼみの奥を指でなぞる。その場所のぬめりはなかなか落ちないのに、家を出る前につけてきた甘い香りは、あとかたもなく消えていた。







そう。

男との約束の時間が迫った夕刻、わたしは早めにシャワーを浴び香水をつけていた。

あの狭い自宅の浴室の鏡で半身を映し観察した。9年たって、わたしの身体は変貌してしまっているのだろうか。自分ではよくわからない。あの頃より肌が柔らかくなり乾燥している気がする。腰や胸の線はかろうじて張りを保っているが、首筋を横切る輪のような皺が気になった。

背後から誰かに凝視されているような気配がして振り返る。

誰もいない。


姑をリビングに運び早めの夕食をとらせた。

ビニールのよだれかけをかけ、食べ物を口に運ぶ。ゆっくりと噛みつぶし、確実に嚥下されるのを見届けて、またスプーンで運ぶ。くちゃくちゃと食べ物を噛む音をのぞけば、おそろしく静かな午後だ。

姑は頭のしっかりしていた頃から控えめで穏やかな人だった。すべてがおぼろげな世界の住人になっても無口な性質は変わらない。

食べ終わったのを見計らって、わたしは食器を流し台に運び洗い始めた。


このひとの好物はイチジクだ。

最近、症状の進行が早くなってきたので、どうせ長生きできないのなら少しでも好きなものを食べさせてやりたいと、このひとの息子に頼まれて、このごろずっと食卓に絶やさない果物

半切りにしてテーブルの上に置いたままにしてある。

他の食べ物とちがって、これだけはいつも自分で食べようとする。

だから最後のデザートは、わざと手伝わず目の前に置いておく。

食器を洗ったら、姑の手を拭き、薬を飲ませ、トイレに連れてゆき排便させ、ベッドに移動して、ドアを閉め、化粧をして、髪をととのえて、着替えよう。

約束の時間に間に合うだろうか。

わたしは気ぜわしく水を使う。


奇妙な物音がして顔を上げた。

みると、姑が皿のくだものをもてあそんでいる。

縦割りにした赤い果実の真ん中にフォークの柄を何度も突き立てて、かき回している。

果肉がぬちゃぬちゃと音を立てつぶれて、皿の周辺に飛び散る。

フォークの太い握り棒に果実の肉汁が粘っこくまとわりついて濡れている。

その汚れたフォークをわたしに向かって打つように振り、姑はうめいた。

みたこともない、おそろしい形相をしている。

異形の生き物が、絞り出すような声。

地獄のそこからわき上がる声、というのは、こういう声のことを言うのか。

なんといっているのかは誰にもわからない。

たぶん姑自身にも認識はない。


でも、わたしは確信した。

このひとには、なにもかも伝わってしまっている。







おばあさんが杖をひとふりし


呪いの言葉を唱えると


娘にかかっていた魔法が一瞬のうちにとけてしまいました


ドレスも宝石もきらびやかな宮殿も王子様も


煙のように消えてなくなり


薄汚い中年女がひとりベッドに残されました


枕元には茶封筒


れいなお札の入った茶封筒








                                 

堅牢な造りのカウンターの向こうになにやらオブジェめいたものが運ばれてきた。

流木か。いや、違う。それは飾り物ではなく、よくみると獣の片足だった。つま先をぴんと上にしてそそり立つ生肉の正体は熟成された豚だ。脂ののった腿をナイフで薄く削って皿に盛られる運命のプロシュート。足の先端にある蹄は少し黒くて、ちょうどハイヒールを履いた女の甲高の足のようにも見える。調理人が足首をつかんで尻あたりの肉に鋭い刃物を滑らせている。開いた傷口が赤く美しい。

例えようのないほど、淫靡だ。


削られた肉片を男たちが談笑しながら味わっている。

質の良い上着を着こんだ男たち。

わたしの隣の男も肉を器用にたたみ、口に入れた。

ゆっくりと咀嚼する顎をみながら、わたしは悟る。

その男がわたしの属する世界の外へと完全に移行してしまったことを。

もう、わたしの携帯は永久に震えない。


生け贄。悲鳴。老婆の笑い声。

痙攣するつま先。役目を終えた肉。

絶頂を迎えつま先を天に向け硬直したまま、精肉工場の冷たい倉庫に順番に並べられ、じわじわと凍らされ晒され乾いてゆく女の足。

熟成も腐敗もゆるされず、ただひからびて忘れ去られる肉。

そんな光景を思い浮かべながらわたしは赤い液体を口にはこび、

ゆるやかに奈落へと堕ちはじめた。




http://c-u.g.hatena.ne.jp/namgen/20061121/1164118353

http://c-u.g.hatena.ne.jp/namgen/200612

miikimiiki2006/12/03 21:12エロティックで滴るようになまめかしくて、現実的なのに、やわらかい。
ああ女の心はいつまでも弾力を失えないものだと思いました。乾いた肉になっても、噛んだら口の中で水気を吸ってよみがえるのでしょう。

シゲルシゲル2006/12/03 21:14難しい感覚を言葉で表現していく巧みさに感心しました。私にはまねも出来ない才能を羨ましく思いました。

otama-nekootama-neko2006/12/03 21:55>mikiさん
かつて好きだった人とこんなふうにワインを飲む機会がありました。そのときに感じた、ちいさな心の揺れをもとにこれを書いてみたのです。でも、悲しいかな、想像力に限界が(笑)
女ざかりの今、もっと自分に水をやらねばと思いました。もう少し奔放に生きてみてもいいかもしれませんね。

otama-nekootama-neko2006/12/03 22:01>シゲルさん
地球の裏側からのコメント!うれしいです。
お褒めいただいて恐縮です。今回の長い文章は私には難しいものでした。書き上がってしばらくしてから読み返すと、やはりテーマも構成も弱いなと思います。次回の自分の課題にして頑張ってみます。ありがとうございました。

辰2006/12/04 02:13「狼煙」



出がけに鏡を覗いた。
久しぶりだ、鏡を覗くなんて。
「お前も、めっきり白髪が増えたな」
と鏡の中の自分に向けて呟く。

尾羽打ち枯らす……とは良く言ったもんだ。
まさしく今の俺がそうじゃないか。
羽振りが良かったのも一時だけだったな。
何をやっても成功間違いなしと信じていたっけ。

どこで歯車が軋み始めたのか……。


虚勢だけは昔と変わらない。
あのスーツと、あのシャツと、あのネクタイ。
すべては、過去に俺が愛した、俺を愛した、女が選んでくれたものだ。
そのネクタイをぐいっと引き締める。

そして俺は

迎えてくれる暖かみなど無い
部屋の灯りを叩き消して
ドアを開けた。




あまりの無情感に、眠れない夜が続いていた。
幸せだと錯覚していた、泡銭に胡座をかいた自堕落な生活の末
明日のことをかんがえるのが恐くなっていた。

気がつくと、俺は携帯に封印していたひとつのアドレスに向けてメールを打っていた。

 元気か。どうしてる?

俺は、今どうしようもなく落ちぶれているんだ。慰めてはくれないか?
……という、二行目は虚勢が打たせなかった。

 覚えていてくれたのね。

この一行が、俺の心臓を久しぶりにグイと掴んだ。
最後に人の暖かさに触れたのは、記憶の彼方に消え去るほど昔だったような気がする。
忘れていた「ときめき」に似た感情が俺を突き動かしていた。




女は上質のワインのように、美しく熟成していた。
うわべだけを飾るような背伸びをしたものではなく、確かな生活に根ざしたふくよかな丸みと奥深さを感じさせる熟成が見えた。

 あの頃は、彼女のこの内面の美しさに気づいていなかったんだな……

立て板に水のようなソムリエの言葉がテーブルの上を滑る間、俺は女の瞳に映る灯りを見ながらぼんやりとそんなことを考えていた。




ホテルの部屋のドアを開けた瞬間、俺は堰を切ったように女を抱きしめた。
きつく、激しく、乱暴に。
それは、今の俺を忘れたかったからに違いない。
女を抱きしめることで、昔の俺に戻れる……頭の奥でそう思っていたのかもしれない。

俺は自分の興奮を誤魔化すためか、画面の中の「つくりもの」に自分の虚勢を隠してもらいたかったのか、もしかするとその両方の「隠蔽」から、無意識にアダルトビデオのチャンネルを入れていた。

 こんなにもいい女だったんだ
 どうして俺は目の前にあった幸せを軽々と手放してしまったんだ
 ここに、やすらぎがあったんじゃないか

今さら何を悔いてもすべてが遅すぎる。
そんなことは判りすぎるほど判っている。

 これだ、この感触だ
 ここに俺の胎内回帰がある
 俺がひたすら安らげる場がここにある

昔と変わらない、ふたりだけのルールの中で時間が過ぎてゆく。
計算など必要のない「わかりあっている」という実感を思い出していた。


うら寂しい現実が今にも背中を叩きそうな、不安なぞくぞく感と、
しっとりと俺の全身を包む、めくるめく快感とのせめぎ合いの中で二度果てた。

こんな事はしばらく無かった。
もう、終わったと自分では思っていた。

 俺もまだ現役だったか

頭の中で、ふとそんな言葉が点滅する。




がっしりとした年季の入ったカウンターに熟成された豚の足が運ばれてきた。

 プロシュートにはパルミジャーノ・レッジャーノだな
 チーズの王様さ

そんな無意味な蘊蓄で、空虚な時間と距離を埋めようと足掻く。
噛めば噛むほど滲み出てくる肉の旨味とチーズのコクに、女の体温と喘ぎ声がかぶる。
ワインを口に含むと、鼻腔に女の匂いが抜ける。

プロシュートか。
世の中がどう動こうが、硬直したまま止まった時間を積み重ねるだけの肉。
いずれ、蘊蓄と欺瞞だらけの唇に、腹に、収められて終わりだ。
こいつらには、それ以外の人生なんてものは無い。

俺も同じなんだろうか。
今さら復活の狼煙など、あげようとしても燻り続けるだけなんだろうか。


底を見た男にまだ救いはあるのだろうか。

今、目の前にある熟成の美。

 ワイン

 プロシュート

 チーズ


 そして……

 再び俺の心を、全身を、包み込んだ女。


この熟成の中で、俺は再び復活の灯りに触れることができるのだろうか。



それとも、このまま空しく腐敗していくのだろうか……

誰の記憶にも残らない……

一片の骨となって……

otama-nekootama-neko2006/12/04 21:10












>辰さん

今朝、この長文コメントをみて興奮しました。
私の文から、誰かの頭の中に新しいイメージが生まれたわけで、
なんだか愉快で、一発で眼が開きましたから。(笑)

それにしても呪文から、狼煙とは。
まあ、恐ろしい発展だこと。


私の設定の中では、彼は薄情な人です。
最初に考えていた、男自身の目線からの描写はとんでもない残酷な場面もあったりしたんです。頭の中で冷静に淡々と目の前のおんなのあら探しをするような。で、情事の最中に、頭の中で現在進行形の他の若い愛人と比較してみたり、微に入り細に入り、狡猾な男の心情を書くことで、この惨めな状況を際立たせようと思って書いてました。でも、ある程度出来上がってから、読み返してみると、なんだかその部分だけが悪目立ちしてしまっているというか、まあしっくりこなくて、土壇場で男目線での描写をばっさり削除してしまいました。ナンボなんでも、こんな嫌な男の人に惚れないよなあって感じ。私が男目線になりきれなかったのもあります。


あなたが描かれた男性、好きです。
落ちぶれながらも人の魅力があって、再生の予感が。
なんていうか、無精髭に頬ずりしたくなるような。(笑)


『プロシュートか。
世の中がどう動こうが、硬直したまま止まった時間を積み重ねるだけの肉。
いずれ、蘊蓄と欺瞞だらけの唇に、腹に、収められて終わりだ。
こいつらには、それ以外の人生なんてものは無い。』

熟成された肉を前にして、二人はそれぞれ違った感想を持ったわけです。
いろんなところを、私のと比較して何度も読み返しました。
すごくおもしろいと思いましたし、良い勉強になりました。
ここに、こんなふうに書いていただいたこと、とても感謝しています。

辰さんの、他の文章も読んでみたいです。
もしもよろしければ、またここにお立ち寄りくださいませ。

tatsu_del_cielotatsu_del_cielo2006/12/05 11:01はてなしました。
ちょと直して虎放ちました。
さらにちょと直して改めて縛られました(笑)。

otama-nekoさん、ありがとう。

puyoppuyop2006/12/06 16:19絵を描かず、長文への初挑戦、しっかりと読ませて頂きました。
巧みな場面転換に、時折、専門(?)用語を交えることで、リアルな「女」を感じることが出来ました。
しかも、初の長文なのに、破綻することなく、きちんといつものotama-nekoさんの世界になっていた事もすばらしいと思いました。

で、気になったのは、やっぱり構成です。
私も、冒頭の印象的な風景が、浮いている気がします。
出だしの印象を極めるためには、良い物なので、出来ればエンディングにつながると良かったなぁ、と思いました。

以上、勝手気ままなコメントにて失礼^^;

otama-nekootama-neko2006/12/10 11:41辰さん、はてなしましたね(笑)なんだか楽しくなってきました。
ここで、一緒にいいものを創っていけそうな気がしています。

otama-nekootama-neko2006/12/10 11:47ぷよぱぱさん、やっぱり長い文章は私には難しかったです。普段から長いものを書き慣れている人は、短くまとめるのもやっぱり巧いと思いました。その人の書くものにあった「長さ」ってあるのかも。私はきっとこれぐらいが限界(笑)

冒頭の風景は実際にそういうお店のカウンターで、私が想像したものでした。ワインのことはあまり良くわかりません。高いものも飲んだことはありますが、コンビニで売ってる980円のチリワインのほうが自分には美味しかったりする。(笑)

構成については、次回の課題として研究してみます。
ありがとうございました。

tatsu_del_cielotatsu_del_cielo2006/12/10 19:17ようやく、虎連れてきました。
いやぁ、『呪文』を読んでから、ここまで長い道のりだったなぁ(笑)。

otama-nekootama-neko2006/12/10 19:41今回の盛り上がりは、なんだかすごいなと思っています。
辰さんが「えいやっ」と参加してくれて本当に嬉しかった。
のちほどゆっくりうかがいますね♪