風呂場猫のハタ織り このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-06-10-Sun忌明け

[] 湯治場 10:46  湯治場 - 風呂場猫のハタ織り を含むブックマーク はてなブックマーク -  湯治場 - 風呂場猫のハタ織り  湯治場 - 風呂場猫のハタ織り のブックマークコメント

 昨日、午前中は祭壇を片付けた。祖母の四十九日が終わり遺品の整理などをボツボツとした。着物の虫干しをしながら、あらためて「質素な人だったんだな」と思った。身にまとったところを一度も見たことのない着物がたくさんあった。袖を通してみたが、私にはどれも裄が足りない。残念ながら、祖母と体型が似ている叔母の手に渡るのだろう。


 午後は出かけた。美術館にいった帰り、思いついて温泉街に立ち寄った。

 温泉にいきたいと思ったのは、美術館で見た絵に「白鷺伝説」を描いたらしきものがあったから。白鷺伝説とは、足を怪我した白鷺が岩の間から出る水に足を浸したらみるみるうちに調子がよくなって飛び立っていったのを、偶然に村人が見ていて温泉が発見されたというもの。たぶん、飛鳥とか天平とかそれ以前の時代の話だ。その絵は小さかった。濃い藍色の空のした、片肌を脱いで物思いに耽る女の肩越しに流れ星。ふわりと飛びたつ白鷺。絵はちょうど出口のあたりにあって、まるで順路を示すひとさし指の絵みたいだと思った。少なくともわたしにとっては暗号めいた標識になっていた。今日、ここに白鷺を見つけたわたし。素敵だ。


 道後温泉の本館は、アニメ映画千と千尋の神隠し」の背景のモデルにもなった古い木造の建物だ。坂を降りながら見上げると、二階の欄干から浴衣のお婆さんが柱にもたれてお茶を飲んでいる。目が合ったので会釈をしたら、こっくりとかえしてくれた。

 入り口の小窓で小銭を払った。400円。高いのか安いのか。石けんとタオルを50円で借りて、いちばん庶民的な「神の湯」に入った。もうすこし上等な「霊の湯」もあるが、ひとりなのでエコノミーでじゅうぶんだ。

 高いほうのお風呂だと、浴衣を貸してくれて一時間程休憩ができる。個室の欄干から温泉街の路地を見下ろし行き交う人たちを眺め、湯上がりの火照りが落ち着いた頃にお茶が出る。天目茶碗に茶菓子を添えて仲居さんが運んできてくれる。ずっと昔、そこで過ごしたことがある。海を越えてわたしを迎えにきた男と一緒だった。寄り添って欄干で涼んだ。浴衣越しに感じた放射熱を覚えている。トクトクと早い心臓の音。数日後、わたしは戸籍を移し、三年足らずを違う名前で生きたのだった。


 温泉は混んでいた。湯船から壁画がみえる。オオクニヌシノミコトとスクナヒコナ。体調を崩したスクナヒコナを大きな掌にのせて温泉に浸すとたちまち快復し、お陰でほらこんなに良くなりましたよと、石の上で小躍りしている絵だ。調子のいいやつめ、本当は仮病だったんじゃないのかとデコッパチをしたくなる。

 千と千尋の映画のなかの神様たちは大勢でツアーをくんで湯治にきた。オシラサマは巨大な大根の姿。そういえば、大根という野菜は偶然とは思えないくらいエロティックな造形に育つことがあるよなと、目の前の同年輩の女の腰肉のつき具合を眺めながら思い出した。ふだん衣服の奥に隠されているものもここでは当たり前に晒されている。ゆるんだ肉体の線は多弁だ。本人が「とても人様にお見せできる物ではないから」と、恥じ入って隠そうとしてこそ淫靡にもなる。湯の中に揺れるわたしの足もなかなかの貫禄で、もはや実用のみで観賞用にはなり得ない。ぐったりと湯船につかっていると、あちこちの体のねじが緩んでいくのがわかる。湯船を出て最後に冷水を浴びた。


 帰り道、駐車場の近くの木陰で鴉の羽根を拾った。なにかで読んだが、鴉という鳥の死骸はめったに見つからないらしい。鳩や猫の死骸は道ばたに落ちているのを時折見るが、あんなにたくさんいる鴉の死を見たことがないのはなぜだろう。賢くて抜け目のない鴉たち。人間ごときに亡骸を見せてなるものかと、彼らの掟があるのかもしれない。鴉が息絶えるのはどんな場所なのか。深い森の奥。鴉の死体で出来た小山。わたしは鞄の中に羽根をしまった。ノースリーブの腕に日差しが心地よかった。


 夜は、久しぶりに三味線お稽古に顔を出した。歌舞音曲の類いも本日解禁というわけで、気合いを入れて「長持ち唄」を唄った。これは、娘を嫁に出すときの祝い唄だ。白装束の祖母が若い女の姿にもどって、川の向こうからわたしに手を振っている絵が見えた気がした。

rakuten:shockprice:686685

akky20050605akky200506052007/06/11 00:57烏の羽で絵を描いちゃうなんてすごいですね。
僕も子供のころに飼ってたインコの羽(抜け落ちたやつ)で字を書いたことはありますけど。インコの羽はほとんど無臭でした。やっぱり野生の動物の匂いは違うんですかね。

otama-nekootama-neko2007/06/11 01:17インコ!鳥かごの前で座り込んで字を書くアッキー少年の絵が浮かんじまいました。眼鏡とサスペンダーの半ズボンの男の子。で、やっぱり羽根の匂いを嗅いだのですね(笑)
さっき描いてて思ったんですが、鴉の羽根って線に味が出て面白いです。ちょっと遊んでみます。

akky20050605akky200506052007/06/11 09:12眼鏡はビンゴです。実際にかけはじめたのは中学生になってからですが、小3ですでに視力0.3でした。僕はお玉さんの中でのび太クンみたいなイメージなんでしょうか。さかしまリングはジャイアンみたいにおっかない人が多そうなのでビクビクしているところです(笑)

otama-nekootama-neko2007/06/11 21:24ジャイア…(笑)お玉の脳内にアッキーさんのイメージはブログのアバターそのまんまで刷り込まれちゃってます。そういえば、のび太クンに似てる? それしにても、さかしまリングにいろんな個性が参加して刺激的な場になってきましたね。緊張しながら興奮していますよ。ここに呼んでもらったかぎりは、毎日なにかしら自分もいいものを創っていけたらいいなあと思ってます。アッキーさん、いま書かれている物語、苦心しているみたいですね。出来上がりが楽しみです。

トラックバック - http://c-u.g.hatena.ne.jp/otama-neko/20070610

2007-06-01-Fri5月の作品

[] 山間道路  22:13  山間道路  - 風呂場猫のハタ織り を含むブックマーク はてなブックマーク -  山間道路  - 風呂場猫のハタ織り  山間道路  - 風呂場猫のハタ織り のブックマークコメント


以前、少し書いたが。

http://c-u.g.hatena.ne.jp/otama-neko/20061115

送迎の車の中で手紙の束を渡されたことがある。



誰にも内緒で、手紙を読んでそのあと燃やしてくれと頼まれたのだ。

老いてはいるが、近衛兵だった頃の面影を残した堂々とした声で、

確かにお願いしましたよ。と念を押された。



家に帰った私はそれを少し読んだ。

でも、その先を読みすすめることができず、

かといって、燃やしてしまうのも怖くて

そうっと引き出しの奥にしまって、鍵のかかる音を確かめたきり、

約束はまだ果たせていない。



彼はもうすぐ90歳になる。

この半年の間に、がたっと老け込んだ。

長々と後部座席から説教をすることもなくなった。

時折、ろれつの回らない声で、思い出の断片を語ることがあったが

それも少なくなってきた。

たまに泣く。


誰にもわかりはしないのだ、ここで降ろせ!降ろさんか!と吠えて暴れる。


私は運転席を降りて、バンの後ろのドアに走りよる。

無理矢理に降りようとする巨体を押し戻して、隣に座る。

肩を抱き、さする。手を握る。

どうしていいかわからず、背中を撫で続ける。

落ち着くまで、しばらくの間、黙ってそうしている。

たまに泣く。


ぼやけてかすむ、広大な段々畑はすべて彼の持ち物で、

くねった農道に車を停めて、べそをかいた二人の子ども

日暮れまで、白い花の香に身をゆだねている。

トラックバック - http://c-u.g.hatena.ne.jp/otama-neko/20070601

2007-05-20-Sun書いたり、消したり

[] 湯気 23:08  湯気 - 風呂場猫のハタ織り を含むブックマーク はてなブックマーク -  湯気 - 風呂場猫のハタ織り  湯気 - 風呂場猫のハタ織り のブックマークコメント


年寄りの入浴介助の仕事をしていると

いま、心を許してもらっていると、実感する瞬間がある。

他人に身体を洗ってもらうとき、ひとは無防備になるようだ。

素肌を晒すことで、心まで裸になってしまうのだろうか。

服を着ているときとは、空間の密度が明らかに違うと感じる。


思いがけない話を聴けることもある。

夫にも、親にも、子にも、孫にも、こんな言葉はきっと

今まで誰にも話せなかったろうと思うようなこと。

話す機会などもてなかっただろうなと思うようなこと。

ありがとうと、声をつまらせて、わたしの手を握って離さない。

ひとのそんな気持ちに立ち会うとき、心が震える。

子どもにかえった人を石けんの泡が包んで、風呂場の湯気はいつでもあたたかい。



そんな毎日の出来事から発展させた物語を書いている。

思ったより長くなってしまった。

いらないところを削ったり、表現のしかたを見直したり、もう少し整理したいが、迷って難航している。

読み書きに洗練された人なら、描くべきところと、そうでないところがバシッとわかるのだろうか。

月末までまだ少し時間があるので、もっと煮詰めてみようと思う。

トラックバック - http://c-u.g.hatena.ne.jp/otama-neko/20070520

2007-03-08-Thu 明け方の月

[] 朝の鳥たち 08:07  朝の鳥たち - 風呂場猫のハタ織り を含むブックマーク はてなブックマーク -  朝の鳥たち - 風呂場猫のハタ織り  朝の鳥たち - 風呂場猫のハタ織り のブックマークコメント

 二泊三日の旅行に出ていた両親が深夜に帰ってきた。

翌朝、いつもなら六時に起きている二人が起きてこない。 旅の疲れでなにもする気がないらしい。 そんなわけでわたしは洗濯機いっぱいの洗濯物を朝から干した。

早朝の空気が手指につめたい。


 物干竿のそばには紅梅の樹があって、ふわんと香る。蜜柑の実を半割にして小枝に挿しているのは父の仕業だ。ウグイスの餌付けをしようと企んでいるのだ。でも父の思惑通りにはいかず、毎日のように蜜柑をついばみにくるのはもっぱらヒヨドリ。図体の大きなヒヨドリがうろうろしているせいで、ウグイスは怯えて近寄れない。遠巻きにこちらを伺うように奥ゆかしく鳴いている。「ホーホケキョ」とは聴こえない。「キョロキュー」とか「キョチピチュ」みたいな発展途上っぽい音。蜜柑の甘露を知っているだけに悔しいのだろう。


 干しているときに川向こうにカラスを発見。 なんだか物思いに耽っている風情がいいなと思う。 いい具合に月が出ていたので構図を考えてズームでとってみた。残念ながらピンボケ(笑)



 その一羽のカラスがなんとなく気になって出勤するまで何度かベランダに出て見てみた。 月は沈んで樹に隠れてみえず。 でも、カラスは微妙に場所をずらしながらそのあたりの小枝にとまっていた。 きっとカラスにもお気に入りの場所があるのだろうと思う。

 こんなふうにだんだんと春の陽は長くなってゆく。



     f:id:otama-neko:20070308080153j:image

トラックバック - http://c-u.g.hatena.ne.jp/otama-neko/20070308

2007-01-04-Thu読書猫

otama-neko20070104

[] 姉妹猫 20:49  姉妹猫 - 風呂場猫のハタ織り を含むブックマーク はてなブックマーク -  姉妹猫 - 風呂場猫のハタ織り  姉妹猫 - 風呂場猫のハタ織り のブックマークコメント


先日、プリンターを買った。


きれいに印刷できるのが楽しくて、今までのコンポラの作品をちょこちょことプリントアウトしている。自分のはもちろん、他のメンバーの作品も。そんなわけでこの頃はちょっとした冊子のようなものが出来上がっている。


訪問客が居なくなったリビングで、軽いお酒を傍らにひとり読み始めていると、京都から帰省している妹が横から興味ありげに覗き込み「私にも読ませてよ」と言う。

少々恥ずかしかったが、比較的文字の大きいとっつきやすそうなのをいくつか渡してみた。暖房の効きすぎた居間のソファで頬を火照らせながら二匹の行儀の悪い猫みたいに膝を立てて座り込み、読みふける。

妹は普段、小説などほとんど読まないはずだ。たまに読むとしたらファッションやコスメやダンス関連の雑誌などだろうか。そのひとが、ものもいわずになにやら真剣な面差しで読んでいるのが不思議な感じがした。子供の頃、絵本に夢中になっているときよくこんな表情をしていた。



「おねぇちゃん、わたしこの人の書くものがいちばん好き」

ひとつの冊子を手に妹は涙ぐんでいた。

「すごいな、このひと。言葉が生き生きしてて。どうしてこんなふうに書けるんやろね」



その物語のどこで泣けたのかきいてみた。

わたしとまったく同じ場所だった。

その人の書くものが前からわたしも大好きなのだと妹に打ちあけてしまったあと、すこし照れくさかった。



そんなふうに研ぎすまされた言葉は、この先どんなに頑張っても自分ごときには紡げないだろうがせめて、書いたり考えたりできているこのありがたい時間に感謝して、もっともっと慈しもうと思えた。

トラックバック - http://c-u.g.hatena.ne.jp/otama-neko/20070104