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2007-07-01-Sun6月の作品

[] 夢 22:54  夢 - 風呂場猫のハタ織り を含むブックマーク はてなブックマーク -  夢 - 風呂場猫のハタ織り  夢 - 風呂場猫のハタ織り のブックマークコメント

 明け方夢をみた。わたしは長野かどこか空気のきれいな里に住む女を訪ねていった。女の家は木造の大きな平屋敷で新築らしい。男性の先客がおり奥から談笑している声が聞こえていた。女は玄関先にわたしを見つけ露骨に迷惑そうな顔をするが、わたしはうつむいていたので女の顔をみたわけでなくそう感じただけだ。女はわたしを私室に招き入れ忌々しげにノートをみせた。短歌風の文章が横書きに並んでいる。どうせ誰も理解しないのだと投げつけるみたいに言う。字は右上がりに尖って並んでいる。なんとなく楽譜の音符に似ているなと思いながらそれをテーブルの上に伏せた。

 女は顔を覆ってベッドに座っている。わたしは女を横にならせた。静かに足や背中やうなじを撫ではじめると敏感に反応しはじめた。いろんなことに飢えているのだなと思い、飢えを自覚するのは気持ちも体もピュアだからだとうらやましくなった。ふくらはぎはすべすべだった。女の肌はみんなこうだろうかと試しに自分の足も触ってみたがそれほど滑らかでなく少しがっかりした。女の背中が反って中心に熱と力が集まってくるのと同時に、自分がその家にきた理由を思い出した。わたしはどこかで偶然見た女の書いた詩に招かれたのだ。それには、わたしだけにわかるように「来い」という強いメッセージが込められていた。

 気がつくとわたしの手首から先は女の胎内にすっぽりと飲み込まれている。指先に異質なものの感覚がありつかんで引っ張ってみた。女は口を「O」の形に大きく開いて電気椅子の上の人のように痙攣している。ぐにゃりと暖かい生き物が粘液にまみれて出てきた。濡れた髪の毛に似た黒い物体がブルブルと震えている。猫。キジの雛。そんな感じだが見たことのない生き物だ。持ち上げてみると薄い革袋にお湯が入っているような感触がした。どこからか家政婦が部屋に入ってきた。銀色の入れ物を持っている。医療現場で使うような雲形の皿。慎重にその物体をを乗せ、尖った器具であちこち突ついて検分している。生き物には瞼があり時々瞬きをしている。家政婦が瞼を針で刺すと「キュー」と鳴いたが、それが瀕死の状態だということがなぜかわたしにはわかった。そのあと家政婦は無表情なままそれをどこかに運んでいった。女はうつぶせに突っ伏してぶっきらぼうに「いつもあのひとが処分するの」と言った。家の奥のほうから遠い水音がとぎれとぎれに聴こえた。

 リビングに行くと白髪の老人がいた。成金がゴルフにでも行くような格好をしていて女に向かって「出かけてくる」と言い、女は返事をしたが醒めた声だった。老人が出て行ってしまうと、また奥の部屋に引っ込んで最初の男性客となにやら話に興じているようだった。

 外に出ると奇妙に明るかった。女の家を出てバスに乗った。春でやわらかい色あいの花が土手沿いに咲いていて見とれた。バスは博物館のような建物の前で停車した。階段を下りるとプールがある。巨大な金魚鉢みたいな形で、何人かの人がひらひらと泳いでいた。水は温水。わたしも入る。底のほうまで20メートルぐらいあるようだ。真ん中で泳いでいて突然恐怖に襲われた。それまで感じたことのない種類の恐怖で、大声で叫ぶのに声が出ない。ヒューヒューと喉から空気が漏れるだけだ。そこにある水の質量全部がわたしに向かって押し寄せてくるような恐ろしさがあった。



 そのまま目が覚めたが寝汗をびっしょりかいていた。シャワーを浴びながら考えた。何かで読んだが、夢の中に出てくる登場人物は全部自分自身の投影なのだそうだ。ではこの夢の中の女は今の私の暗喩なのだろうか。夢が示す映像はときに気味の悪い「お告げ」のようである。おかしな夢をみたとき、いつもわたしは夢判断のサイトにかけてみるのだか、今回はやっていない。なんだか結果が怖かったのだ。でも、みた夢の内容を忘れたくなくてここに書いてみた。

akky20050605akky200506052007/07/02 01:07「湿度の高い文体」というのはお玉さんが書くもののひとつのスタイルなのかな、という風に感じています。ブログ・バトル・ロワイヤルで初めて作品を読ませていただいた時に感じたのも「なにかこちらの心を蝕まれるようなジメッとした感触」でした。男女の関係を描くことが多いからということもあるのかもしれませんが、それだけではないような気もします。「ドロドロ」とも違って、まさに「ぬちゃぬちゃ」なのです。欲を言えば、もっとどうにもならない底なしの深みに引きずり込んでほしいと思いました。

otama-nekootama-neko2007/07/20 07:18アッキーさん、きっとわたしの中身は「ぬちゃぬちゃ」なのだろうと思います。包み隠そうとしても勝手に顔を出してぬめった痙攣を繰り返すかのように。本来もっているものがきっとそういうもので、なにかを書くたびに増幅しているような気さえします。BBRのとき、私の書いたものに一票を入れてくれたのはあなただけでした。でも、それより、全く知らない存在の人からいただいた丁寧な批評のおかげで「よし、次もなにか書いてみよう」と奮起することができたのです。本当は直にメールして、正直な気持ちを綴りたいくらいでしたが、アドレスを知らないので。
いずれ底なしのドロドロの深みに、あなたを引きずり込めればと(笑)

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2007-05-12-Sat

otama-neko20070512

[] 乳 08:11  乳 - 風呂場猫のハタ織り を含むブックマーク はてなブックマーク -  乳 - 風呂場猫のハタ織り  乳 - 風呂場猫のハタ織り のブックマークコメント


 もうすぐ、祖母の四十九日がくる。

祖母は長期入院の果てに他界した。この世からいなくなってしまったのだと、今頃になって感じはじめた。でも『死』の実感はまだない。

祖父のときもそうだったが、ふたりとも寝たきりになって、ゆっくりとあの世に向かっていった。何ヶ月もかけてじわじわと衰弱していったので、いわばその頃から死んでいるのとさほど変わらない状態だった気もする。


 祖父は、病院ではなく自宅で息を引き取った。

母屋の座敷に敷いた布団の上から、「おぉい」と弱々しく家族を呼び「白いのをくれ」と言った。「白いの」とは、牛乳のことだ。最後の数週間の祖父は、牛乳だけで命をつないでおり、寝返りをさせるたびに苦しげに唸っていた。母が牛乳を「吸い飲み」に入れて、もっていこうとしたとき、来客があり、ついそのまま話し込んでしまった。客が帰って台所に戻り、置きっぱなしにしたお盆を見て、ふと、胸騒ぎを感じたという。座敷が妙に静まりかえっているような気がしたのだ。様子を観に行くと、祖父は冷たくなっていた。


 ふたりとも、天井の模様を睨みながら息絶えた。

たいていの人が、この世の最後にそんなものをみて終わりになるのだろうと思う。きょうのような五月の青空じゃなくて。

akky20050605akky200506052007/05/12 10:46何も存じませず失礼致しました。どうぞ無理せずご自愛くださいませ。

otama-nekootama-neko2007/05/12 11:14アッキーさん、ありがとうございます。短編小説、精力的に書かれていますね。すごく刺激になっています。わたしも今日は午後から絵を描いてみようと思ってます。

スノースノー2007/05/15 22:17天井の向こうに、いろいろな風景が浮かんでいたのではないかと思います。
きっと、きっと。
お玉さんも、その風景に溶け込んで。

otama-nekootama-neko2007/05/16 21:29スノーさん。ほんと、そうだったらいいなと。危篤で呼吸困難になっているときは、意識はないから苦しみも感じていないのだそうです。でも本当にそうだろうかと、喘ぐおばあちゃんを見ていて思った。意識がなくなる前の日、わたしが帰ろうとしたら『もう帰るん?』って、泣いたんです。辛抱強くてそんなこと、言ったことない人だったのに、まるで小さい子供みたいに。

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2007-04-26-Thu 葬

otama-neko20070426

[] 孤児 23:17  孤児 - 風呂場猫のハタ織り を含むブックマーク はてなブックマーク -  孤児 - 風呂場猫のハタ織り  孤児 - 風呂場猫のハタ織り のブックマークコメント

父は今日、とうとうみなしごになってしまった。

17年前父を亡くし、そしてたった今、こんな雨降りの真夜中に母をなくし。


毛布、寝間着、下着、急須。薬入れ。

ワンボックスカーの後ろのトランクに祖母の遺品を積んで、わたしは葬儀屋のワゴン車に続く。ストレッチャーに乗せられた痩せこけた身体は、たぶんまだ暖かい。


バックミラーにオレンジ色のサーチライト。父のセダンが私の後ろを走る。

遠くで、声にならない嗚咽を聴いた気がした。

ParrishParrish2007/10/29 22:55私の父が母(私の祖母)を儚くしたときを思い出しました。
慟哭する兄弟のなかで、唇を引き結んでいた父の姿。
彼も人知れず泣いたのでしょうか。

otama-nekootama-neko2007/10/30 19:43Parrish さん。もう、あれから半年が過ぎたのだなと思います。そのひとのお気に入りだった縁側の座布団に秋の陽が差していました。のんびり屋の祖母は、いつものゆっくりした動作でごそごそと彼岸へ移っていったようです。

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2007-03-21-Wed彼岸

otama-neko20070321

[] 墓参り 22:39  墓参り - 風呂場猫のハタ織り を含むブックマーク はてなブックマーク -  墓参り - 風呂場猫のハタ織り  墓参り - 風呂場猫のハタ織り のブックマークコメント

 お墓参りにいってきた。

父の先祖と母の先祖のお墓。

母方の墓は少し離れたところにあるが、その墓地は狭い土地に墓石がぎっしりと密集している。

 年に数回の墓参りなのだが、私は母方の墓にいくのがあまり好きではない。

そこにいくと、たいていいつも体調が悪くなるからだ。頭が痛くなったり吐きそうになったり。足が重くしびれたり、気味が悪い。気とか波長とか、自分と合わない土地なのかもしれない。今その場所を思うだけでも頭が重たくなる。私が暗示にかかっているのかなと疑えなくもないが、毎回こうだとさすがにうんざりする。でも今回もご先祖様に会いにいってきた。


 母の実家は昔の庄屋で戦前まではたいそう栄えていたのだそうだ。しかしいろいろと事情があって一家離散があり、現在は没落してしまった。豊かだった時代の記憶は母にはない。墓守をしていた祖母も他界して、末娘の母がときおり墓掃除をしている。江戸時代からの墓石は風雨にさらされて角がとれて丸まっている。苔むして只の石へと還りかけている。


 シキビを供えて線香に火をつけながら、とりとめのない話をした。祖母の思い出などをあれこれと。母は少女時代、人形浄瑠璃を観るのが好きだったそうだ。親にねだっては小遣いを握りしめて芝居小屋へと何度も足を運んだ。

「ととさまのなは、あわのじゅうろうべえともうします」母は今でも台詞をほとんど覚えている。浄瑠璃人形のカクカクと動くしぐさを真似るのを観ていて、面白いなと興味を持った。


 人形浄瑠璃、私は観たことがない。

ひとつ徳島まで観に行ってみようかなと母と笑い合ったこともあって、家に帰ってから検索してみた。人形にもいろんな顔があるが浄瑠璃の人形には特に強さがあるような気がする。人形師に天狗屋久吉さんという職人さんがいて、写真の風貌に目が釘付けになった。なんて鋭い目なのだろう。もう亡くなられているのだが、そのひとが言った言葉が気になった。

『死んだらお止まり。死んだらお止まりなんだから、生きているうちに今日つくったものより明日つくるもののほうがもっといい、毎日そう思って仕事をしなければいけません』

お墓参りをしたあとだったこともあり、なんとなくご先祖様から気合いを入れられたような気がした。

 この人のことを題材に、宇野千代さんが小説に書いているそうだ。

読みたいと思う。


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2007-02-23-Fri 銀の雨 銀の髪

[] 雨音 01:04  雨音 - 風呂場猫のハタ織り を含むブックマーク はてなブックマーク -  雨音 - 風呂場猫のハタ織り  雨音 - 風呂場猫のハタ織り のブックマークコメント

   



 降ってきた。

 送迎の時間までお天気が持ってくれればいいなと思っていたけれど。

 サンルームの天井を雨雲が覆いはじめた。雨だれの音を数えながら、わたしはコンテを走らせている。


 きれいなひとだな。と思う。

上品な白髪に薄化粧がしっくりと馴染んで、とても八十歳を過ぎているようには見えない。窓の外の蘭の葉に次々と雨つぶが当たっている。コンクリートの上にぱらぱらと落ちて黒い染みとなり広がってゆく様子を、椅子に背を預け穏やかに眺め、ポーズをとってくれている。わたしと言葉を交わすたび、目元がほころんで何ともいえない柔和な曲線をつくる。



 いいえ、そんなことはありませんよ。このとおり皺だらけのおばあちゃんです。でもまあ、若いときはそれなりにきれいだったかもしれません。

そりゃあ、ね。今のひとのように華やかには装えやしませんでしたよ。戦後すぐでなにもかもが足りない時代でしたからね。お見合いの段取りをしに来た仲人さんにありあわせの食材でもてなしをしたんです。なんだったと思います? 

お芋の蔓を煮て料理したんです。いいえ、わたしは作り方を知りません。料理はもっぱら母と女中さんがやってくれていましたから。


 主人と逢ったのは一度だけです。座敷に現れた時、背が高いなあと思いました。満州から復員してきたばかりだった。お互いに恥ずかしくてろくに喋らず顔もあげられず。それなのに先方の両親がいたくわたしのことを気に入ったようで、よくわからないまま承諾をいたしました。


 それからたった二週間で結婚ですよ。その時代はそんなことでした。結婚式が終わってすぐに実家に里帰りをさせてもらえました。ええ、両親を送ってくればいいと言ってもらえて。二三日両親と過ごしたあとひとりで汽車に乗って戻って。駅に降り立った私は彼を捜しました。娘らしく華やかな錦紗の着物を着て、髪はこじんまりと結っていました。日が暮れて薄暮の時間でしたね。いまでもはっきりと覚えています。主人は白いシャツに学生のような黒ズボンで自転車を横に立っていました。腕を颯爽と上げ合図をして。そのときはじめてお互いの顔をちゃんと見たんです。一緒に家まで歩きながらいろんな話をしました。戦地にいたときのことなんかをね。



 主人は自転車に乗るのが好きでしたね。お休みの日はカメラを持って出かけて日暮れまで帰ってこなかった。子供みたいなところがありましたよ。亡くなる少し前まで乗っていました。晩年は認知症の症状が出ていたから、外出には用心をしていましたが、ちょっと目を離すとひとりでふらふらと外に出てしまう。困ったことでした。

 ある日、やっぱり主人が自転車で出かけたきりいなくなって、総出で探しまわってやっと見つけたんですが、そこは家から2里も離れた墓地でした。見つけた孫が言うには、かつて満州で同じ隊にいた上官の墓石の前に正座していたんだそうです。


 ああ、大連で命拾いをした話ね。そうそう。よくご存知ね。

あれは晩年よく口にしていました。昔話をしては涙ぐんで。ちょうどあなたが主人の絵を描いてくださった、その頃です。

     




リンク「空の神兵」




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