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2006-11-30 (木)案の定、泣き言

もんもん

[] ブチコ 01:52  ブチコ - ことだまり を含むブックマーク はてなブックマーク -  ブチコ - ことだまり  ブチコ - ことだまり のブックマークコメント

「ああ」

勝手の隙間から覗く小さな黒い影を見つけて、政恵は思わず声を上げた。

「ブチコ、お前、また戻ってきたんね。」

政恵は洗い物を止め、手ぬぐいで手を拭きながら、勝手口に向かっていくと、ごそごそと音を立ててその小さい影が家の中に入ってきて一声鳴いた。

 

「にゃぁ」

 

「あんたが家は、ここや無いて言うとうんに、どげんしても判らんとやねぇ。」

政恵は、得意げに自分を見上げるブチコと呼ばれた子猫を見て、ため息混じりで話しかける。

しかし、ブチコは素知らぬ顔で、ぺろぺろと自分の顔を舐め始める。

 

ブチコは先日までは政恵の家の猫であった。

いや、正確にはブチコの母猫であるハツが、政恵の家で飼っている猫であり、ブチコは先月の終りにハツが産んだ七匹の子猫のうちの一匹なのである。

 

ハツは珍しいと言われている三毛猫の雌である。

政恵の連れ合いである太吉が、四年前、酔った勢いでどこのだれとも知れぬ男から縁起ものだからと、百円で買ってきた。

月々の収入が六,七百円で、育ち盛りの二人の息子を抱えて日々のやりくりに四苦八苦していた政恵にしてみれば、そんな大金が有るのなら家に入れろと太吉に食ってかかりたいところだったが、いつも口うるさい姑が、大の猫好きで喜んだものだから、政恵の怒りはやり場のないまま宙に浮く事になり、三毛猫はハツと名付けられてこの家に居場所を与えられた。

 

だが、ハツも賢い猫だった。

最初は、自分を飼うことを決めた姑に懐いていたが、この家で本当に自分の味方は、毎日、餌を与えてくれる政恵であることに気付くと、早々に姑を見限って政恵に懐いてきた。

 

最初は苦々しいおもいでハツを見ていた政恵も、生来、生き物は嫌いではない上に、懐いてこられると悪い気もせず、いつの間にかハツと政恵は良いコンビになっていた。

 

ただ、一つだけ、政恵が困っていることがあった。

 

ハツの妊娠である。

飼い猫、とは言え、まだ特に規制のない時代である。

食事の時間となれば定期的に帰ってくるものの、それ以外は外で自由気ままな時間を過ごしているハツは、年二回の発情の時期には必ず妊娠した。

妊娠自体もさほど手はかからない。

ハツはそろそろ出産が近づいたとなると、さっさと納屋の一番奥の暖かい場所を確保する。

そのまま、二,三日姿を見ないなと思うと、もう、三~五匹の子猫を産んでいるのである。

 

それからが政恵の出番である。

いくら猫が自由気ままに過ごせた時代とはいえ、そう何匹もは飼えない。

となれば、その子猫のもらい受け先を捜すのが、政恵に与えられる役目なのである。

 

幸いなことに、どこでどの猫と交わってくるのかは判らぬけれど、生まれる子猫の殆どが雄猫で、どこかしらに三毛猫の血を受けた模様がある。

それ故、比較的もらい手はつきやすいのであるが、それでも一回に三から五匹、一年では六から十匹、それが三年目ともなれば、段々近所ではもらい手がつかず、遠くまでもらい手を探しに行かねばならぬ。

かといって、もらい手を捜している間、姑が家事を見てくれるかと言えば、そんなことはない。

それが毎年、ハツが妊娠する度に政恵が気が重くなる理由であった。

 

ところが、今回に限って、ハツは七匹の子を産んだ。

しかも、最後に産んだ子が、灰色とクロのブチで器量の悪いブチコだったのだ。

政恵は苦労して、六匹の里親は捜し出した。

中には、以前に一匹貰ってくれた家が、政恵の苦労を見るに見かねて、もう一匹貰ってくれた所まであった。

だが、どんなに頑張っても、ブチコのもらい手はつかなかった。

 

不思議なことに、もらい手のつかないブチコだったが、ハツ譲りなのかとても賢かった。

例えば、政恵が夕餉の買い物を終えて帰ってくると、どこからもなく現れて、あっという間に政恵の背中から肩に駆け上ると、買い物籠の中をのぞき込む。

そして、自分の好みのものがあると、そのまま政恵を先導して家までついていくのであるが、何も自分好みのものがないと、ぷいっとそっぽを向いて、またどこかに散歩に行ってしまうのだった。

不思議なのは、どんなに包み紙や他の荷物で隠しても、どんなに匂いのきついものに紛れていても、ちゃんと好きなものを買ってきたかどうかが判るのだった。

  

毎日、毎日、ブチコの里親捜しをしながらも、段々とそんなブチコが気に入っている政恵がいた。

「あの人の給料も、ちょっとだけ上がったし、上の子も手がかからん様になったから、もうちょっとだけ切り詰めたら、ブチコの分くらいは何とかなるんやなかろうかぁ」

そんな風に考えて、太吉に相談しようとした、その晩のことだった。

 

太吉の方が先に切り出した。

「お前、あの気持ち悪い猫、まだ、もらい手が見つからんのか。」

政恵は、どきっとした。

「ん、でもな、もうちょっと捜してみたら・・・。」

政恵の話を姑が遮った。

「あれは、あかん。あんな気色悪い猫は、いつまで待ってももらい手なんか、おらんやろ」

「いや、そうやから」

今度は、太吉が政恵の話を遮る。

「わかった。ほんなら、俺が明日、捨ててくるわ。」

「え」

「ああ、そうしてくれるか。

 政恵がちゃんとせんから、お前にも迷惑かけるけど」

「いや、まあ、政恵は、それなりにやってくれとるばい。

 そやけど、あの器量の悪さじゃ、あかんやろ。

 な、政恵、俺が捨ててくるけん、お前はもう里親捜さんでよか。」

 

いつの間にか、自分の所為にされている気がした。

「いいや、ブチコは、うちで飼うとです!」

だが、そうは、言えなかった。

 

翌朝、ブチコを入れたダンボールを荷台に積んだバイクに乗り、仕事に出かける太吉の姿を政恵はいつまでも見ていた。

いつの間にか、足下にハツがきていて、

「にゃあ」

と短く鳴いた。

それが、慰められたような気がして、政恵はちょっと泣いた。

 

だが、その日の夕方。

家の中から、姑が呼ぶ声がした。

「政恵!はよ来て!」

「はい!お母様、今、行きますけん」

 慌てて家に駆け戻った政恵の目に、小さな影が飛び込んできた。

「にゃあ?」

「ブチ・・・コ、あんた、戻って来たん?」

呆れながらも、ちょっと嬉しげにブチコに語りかける政恵に、姑が激怒する。

「政恵、あんた、ちゃんとダンボールの蓋、閉めたね?」

「あっ、はい。太吉さんとちゃんと確認して・・・。」

「ほんなら、何でこれがこんなとこに居るんね!

 あんたが、なんぞ、しくじったとやろ!」

「でも」

言い訳は、よか!はよ、この気味悪い猫を、どっか連れて行き!」

「は、はいっ!」

 そう言うと、政恵はブチコをつまみ上げて、とりあえず家の外に連れ出した。

 そうしながら、さっきの姑の慌てようがおかしくて、くすくすと笑いながらブチコに話しかけた。

「お前、ホンマに賢いんやねぇ。」

 そして、家から離れた空き地で立ち止まると、しゃがみ込んでブチコの両腕を持ってブチコの鼻を自分の鼻に押しつけながら言った。

「ほんでもな、お前、もう、戻って来たらいかんとよ。

 お前の場所は、もう、家には無いとやから。

 ちゃんと、お前を可愛がってくれる人、見付けて、そこで暮すとばい。

 ええね?」

その言葉に、ブチコは目をくりくりさせながら、

「にゃぁ?」

と、答える。

政恵は、また笑うと、ブチコを抱っこして立ち上がった。

「ほんなら、今晩だけやからね。よかね?」


次の日、太吉はもっとしっかりとしたダンボールを捜してきて、その中にもう一つ小さなダンボールを入れ、二重にした中にブチコを入れて出かけた。

息苦しくないように、空気穴は二,三空けたが、誰が見てもそこから子猫が自分で這い出すのは無理に見えた。

その晩、ブチコは戻らなかった。

夜遅くに帰ってきた太吉は、酒臭い息に茶漬けをかき込みながら言った。

千田の橋向こうまで行って捨ててきたきな、もう、戻ってはこんやろ。」

橋向こうって、もしかして、この人は、ダンボールのまま川に捨てたんやなかろうか。

政恵は、そう考えてちょっとだけ胸を痛めた。

ところが、翌日の午後、政恵が昼食後の後片付けをしている時に、ブチコは三度、戻ってきたのである。

そして、場面は冒頭に戻る。

 

 

流石に、今度はブチコにも疲労の色が見えた。

只でさえ、灰色とクロのまだらであまり綺麗でない毛並みに、無数のゴミや埃や泥がついていた。

鼻に頭や足の裏には、小さな傷がいっぱいついていた。

「ブチコ、お前、どんだけ苦労して・・・。」

そう言いながら、政恵が餌皿に水を入れると、ブチコは嬉しそうに喉を鳴らしながら水を飲んだ。

「お前、よう頑張ったねぇ。それでも、こげな家になんで戻ってくるとね。

 お前みたいに賢か猫は、人に飼われても、野山に住んでも、ちゃんと自分で生きていけろうもん。

 なんで、こげな酷か事する家に戻ってくるとね。」

その言葉に、ブチコはきょとんとした顔つきで、政恵を見上げて

「にゃあ」

と鳴く。

それを見て、政恵は思った。

「もういっぺん、お前を飼いたいち、言うてみろうかねぇ。」

 

だが、その言葉は、実行に移せなかったのである。

「なしこの猫が、ここにおるとかっ!」

びっくりして顔を上げると、いつもはこの時間、まだ職場にいるはずの太吉が勝手口に立っていた。

「あ、あんた、何で。」

今日は、ちょっと役場に行かないかんけん、早引けしたったい!

 それよか、何で、この猫がここにおるんかっ!」

 そう言うと、太吉はづかづかとブチコに近づいて、ブチコを鷲掴みにする。

「ふぃぎゃぁ!」

驚いたブチコが暴れるが、弱っているせいか逆らうことが出来ない。

そのまま、太吉は、近場にあった筵でブチコを包み込むと、荒縄でぐるぐるに縛りつけた。

「あっ、あんた、そげんに無茶に縛ったら、ブチコがっ!」

「うるさいっ!お前は、黙っちょけ!」

太吉は、そのままバイクに乗ると、どこかに出かけていった。

 

あああ、おわったぁ

一瞬の出来事だった。

流石に、それで政恵もブチコのことは諦めた。

 

だが、それでは話は終らなかった。

 

数日後、珍しく姑が自分の実家に泊まりがけで出かけたので、政恵もたまには羽を伸して、駅前の商店街にまで出かけることにした。

駅前までは、歩いて小一時間かかるが、途中からバスに乗れば三十分くらいの距離である。

いつもは姑に遠慮してバスは使わないのだが、今日はその遠慮すべき姑が居ないのだ。

政恵は、久しぶりにバスに乗って出かけることにした。

 

近所の田圃のあぜ道を突っ切ると、遠賀川の土手沿いに走るバス通りに出る。

バスの時間まではまだあるようで、バス停には誰も待っていなかった。

政恵は、とりあえずバス停の側にある小さな地蔵堂の前の石の上にぺたりと座った。

あまり行儀は良くないが、見ているのはお地蔵さんだけである。

「お地蔵さん、今日くらいはのんびりさせてもらうき、ちょっこっとだけ、見逃してぇな。」

政恵は、そう言ってお地蔵さんに手を合わせると、あたりを見回した。

 

良い天気である。

小春日和というのは、こういう日のことを言うのだろう。

そうして、視線をずっと左手の方に向けると、遠くの方に土煙が見える。

政恵の乗るのとは反対方向に行くバスだ。

随分と自動車も増えてきたが、流石にこの辺りを走っているのはバスくらいのものだ。

「もしかしたら、あのバスがこの先で折り返してから戻ってくるとやろうか?」

そうだとすれば、バスに乗るまでにはもう少し、時間がかかるなぁ、等と思いつつ、ずっと近づいてくるバスを目で追っていた政恵だったが、ふと何かが気になって、正面を見る。

 

正面には、政恵が突っ切ってきた田圃が広がっていて、そのはるか向うに政恵の家がある長屋の一角が見える。

田圃はもう稲刈りを終えていて、麦を蒔くための準備が始まっている。

そんな田圃の端の枯れた草むらが、なにやらガサガサと動いている。

「ぶぉぉぉぉぉ」

遠くから、バスの音が聞こえ始める。

だが、政恵の注意は、その揺れる草むらにある。

「ぶぉぉぉぉぉ」

バスの音が大きくなり、微かに聞こえていた草むらの動く音はかき消される。

政恵は、まだ、その草むらを見つめている。

「ぶぉぉぉぉぉぉ」

「ふぁーん」

バスが政恵が地蔵堂の側に居ることに気付き、注意を惹くために警笛を鳴らす。

だが、政恵の注意は草むらに向いたまま。

と、草むらから、不意に黒い小さな影がふらふらと出てくる。

それを見て、政恵は思わず叫ぶ。

「ブチコぉ!」

政恵は思わず、立ち上がる。

「ぶぉぉぉぉぉぉ」

「ふぁん、ふぁーん」

バスが近づいてくる。

政恵が立ち上がったのを見て、さらに警笛を鳴らす。

思わず、政恵もバスを見る。

もう、すぐそこまで迫っている。

だが、ブチコは。

 

再び、前を見た政恵は、小さな黒い影が、そのまま、道路にふらふらと出てくるのに気付く。

「ブチコぉ!いけん!動いちゃいけん!」

思わず政恵も飛び出す。

「ふぁーん!ふぁふぁふぁふぁーん!」

バスが、飛び出した政恵に、激しく警笛を鳴らす。

「ぎぎぎぎぎぎっ」

 ずざざざざざざーっ

 バスが急ブレーキを踏む。

 そのあまりの音の激しさに、再びバスの方を見た政恵は身がすくむ。

「ふぁーん!ふぁふぁふぁふぁーん!」

「ぎぎぎぎぎぎっ」

 ずざざざざざざーっ

 

 あっ!と思った政恵が、再び正面を向いた時。

  

 

 小さな黒い影は、バスの軋むタイヤに吸い込まれる。

 

 

「人って、勝手やな。

 自分らの都合で、ブチコがどこか遠くで死んでも。

 知らん話には泪一つ流さんのに。

 

 目の前で死んだら。

 目の前で死んだ時だけ。

 そん時だけ涙するんやから。

 

 人って、本当に勝手や。」

 

 夕暮れの中。

 政恵は、ずっとそう呟いていた。

 バスの重みで、ぶちまけられたブチコの姿を見て。

 政恵は、ずっとそう呟いていた。

 

 どこか遠くで、猫の声がした。

 

Fin

 

id:namgen氏へ

http://c-u.g.hatena.ne.jp/namgen/20061121

namgennamgen2006/12/01 00:14一応プライベート・モードにしましたが編集権のある者は関係なさげ。ブラジル時間もあるかもしれませんね。

puyoppuyop2006/12/01 02:07★namgen
 なんとか、マニラ時間あたりで収まりましたが、ちょっと土壇場に卓袱台を返しすぎました(滝汗

namgennamgen2006/12/08 13:59うーん、いまようやく読ませて貰いました。

puyoppuyop2006/12/08 14:12★namgen
 うへぇ、首を洗ってまってます。^^;

tatsu_del_cielotatsu_del_cielo2006/12/10 16:30ぷよさんへ。
ハンチクな虎ですみません。

puyoppuyop2006/12/10 23:35★tatsu_del_cielo
 いえいえ、貴重なご意見、ありがとうございました。
 次回は、私もちゃんとレビュー書けるように頑張ります^^;