Hatena::Groupc-u

ことだまり このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-08-22 (日)

[]リサイクルショップ 18:04 リサイクルショップ - ことだまり を含むブックマーク はてなブックマーク - リサイクルショップ - ことだまり リサイクルショップ - ことだまり のブックマークコメント

「パパ、トイレで誰か泣いてる」

中学2年の凛々子が、起こしておびえた声でそう囁いたのは、もう夜中の2時過ぎのことだった。

一瞬、寝ぼけているのかと思ったが、最近は、パパは不潔だとか近寄るなと言って俺から距離をとってる凜々子が、俺のパジャマの裾を掴んで小刻みに震えている様子は、寝ぼけているですまされることでは無さそうだった。

念のため、後ろを振り返ると、一度眠ると何が有っても起きないママが、ぐっすりと眠っている。

親子三人がここに揃っているのに、トイレの中で泣いている奴がいるとすれば、侵入者に違いない。

「よし、お前はここで待っていなさい」

だが、凛々子は首を振る。

「パパと一緒に行く」

まあ、ママが側に居るとは言え、多少のことで起きないママでは、誰もいないと々と言うことか。

「わかった、パパの後ろに隠れているんだぞ」

そう言うと、俺はベッドの脇にあった雑誌丸めると、そっと部屋を出た。


一戸建てとは言え、小さな家だ。

三階は二間。

奥が夫婦の部屋で、隣の小さな部屋が凛々子の部屋である。

二階はダイニングキッチンで、ワンルーム

一階にバストイレがあるが、敷地の半分はガレージになっている。

三階建てで2DK,狭小住宅と言われても仕方のないサイズである。

中古で手に入れたのだが、会社の同期が新築で購入直後にご両親が亡くなり、突然実家の商売を継ぐことになったので、格安で譲り受けたものである。

それ以来、十年弱。

空き巣や泥棒に入られたことはなかったが、近所にはそう言う被害も多く、とうとう家もという気持ちはあった。

ただ、トイレで泣いている強盗というのは、ちょっと腑に落ちなかったが。


音を立てないよう、ゆっくり階段を下りる。

ゆっくりと、とは言え、俺と凛々子二人分の体重が移動する度に、階段はぎしぎしと音を立てる。

だが、誰かがその音に気付いて動く気配は階下からは伝わってこない。

やがて、一階に到着し、そっと、トイレの方を覗く。

灯りは廊下に常夜灯が点いているだけで、トイレの灯りは消えている。

だが。


しく・・・しく・・・しく・・・しく・・・・


確かに泣き声が聞こえる。

「パパ、怖い・・・」

凛々子が身を固くする。

大丈夫だ、パパがいるから。行くぞ」

怯える凛々子に声をかけて、俺はそっとトイレの前に進んでいく。


しく・・・しく・・・しく・・・しく・・・・


泣き声は続いている。

だが、ちょっと、様子がおかしい。

あれは、明らかに大人の泣き声ではない。

それは、そう。

子供みたいだね?」

後ろから、凛々子が囁く。

俺は、黙って頷くと、トイレのドアの前に立つ。


しく・・・しく・・・しく・・・しく・・・


泣き声は続いている。

俺は、ちょっと凛々子の方を振り返り、頷く。

そして、トイレの中に声をかけた。

「誰か、いるのか?」


しく・・・しく・・・しく・・・しく・・・


泣き声は続いている。

俺は、声をかけ続ける。

「泣いていてもわからない。

 誰かいるなら、返事をしてくれないか?」


しく・・・しく・・・しく・・・しく・・・


だが、返事はなく、ただ、泣き声が続いている。

「ちょっと、ここを開けるよ?」

そう言いながら、トイレのドアノブに手をかける。


しく・・・しく・・・しく・・・しく・・・


やっぱり返事はない。

ただ、泣き声が聞こえるだけ。

「いま、電気を付けてあけるから。いいね?」

俺は、そういいながら、もう片方の手を電灯のスイッチに手を伸す。


しく・・・しく・・・しく・・・しく・・・


泣き声は止まらない。

俺は、もう一度、凛々子の方を見る。

凛々子も、俺を見て頷く。

俺は、トイレの方に向きなおり意を決して、声をかける。

「じゃあ、1,2,3で開けるからね。せーの、いち、にい、さんっ!」

かけ声と同時に、俺は電灯のスイッチを入れてドアを開いた。

だが。


しく・・・しく・・・しく・・・しく・・・


泣き声はまだ続いていた。

そして。

「きゃーっ!」

凛々子が悲鳴を上げた。

「ど、どうした、凛々子っ!」

見れば凛々子が便座の方を指さして震えている。

大丈夫か?!一体何が」

問いかける俺に、凛々子が応える。

「うぉ、ウォシュレットが・・・泣いてる・・・」

振り返って便座を見た俺にも、はっきりとわかった。


しく・・・しく・・・しく・・・しく・・・・

間違いなく、その泣き声は、便座から聞こえていた。

(つづく)


トラックバック - http://c-u.g.hatena.ne.jp/puyop/20100822

2009-10-05 (月)

[]ごうすとばすたー 16:58 ごうすとばすたー - ことだまり を含むブックマーク はてなブックマーク - ごうすとばすたー - ことだまり ごうすとばすたー - ことだまり のブックマークコメント

<0-1>

「これが、封霊瓶です」

 そういって、男はガラス瓶の上から2本の鉄線が出ている物を、大事そうに抱えてきた桐箱の中から恭しく取りだして置いた。

 ここは、江戸日本橋は本町の薬問屋、船戸屋の奥座敷、目の前に置かれたおかしな形の瓶をしげしげと眺めているのが、この家の主、船戸屋忠兵衛その人である。

「これが、南蛮渡来の、そのぉ」

「封霊瓶にございます」

口淀む主人の後を、瓶を差し出した男が引き継ぐ。

男の風体は、慈姑頭に口髭、眼鏡を掛けて、羽織袴でいかにも町医者風であったが、男が申し出た用向きは、とても町医者の仕事とは思えない物であった。

 男の返答に忠兵衛は、心細げに問いかける。

「その瓶を使えば、本当に」

「もちろんでございます、ご主人殿」

 男は大仰に頷くと、語り始める。

「そもそも、霊気邪気などは、気の乱れから生じます。

 古くより気とは鬼に通じ、心や精神の迷いが気の乱れに繋がるとも言われておりました。

トラックバック - http://c-u.g.hatena.ne.jp/puyop/20091005

2009-09-17 (木)

[]ごうすとばすたー 12:15 ごうすとばすたー - ことだまり を含むブックマーク はてなブックマーク - ごうすとばすたー - ことだまり ごうすとばすたー - ことだまり のブックマークコメント

<0>

暗い夜だった。

どんよりと曇っている所為か、星明かりも無い。

そんな闇の中、本所両国は回向院近くの路地を、明かりも灯さずとぼとぼと歩いている影がある。

徳市と呼ばれる按摩だ。

ただ、高利貸しもしている所為か、徳市の評判はすこぶる悪い。

客の足元を見て高利で貸し付け、期日が来れば、事情があろうと遠慮容赦なく取り立てる。

ついには、ありゃ徳市じゃなくて欲市だ等という者もいる始末。

ただ、本人はそんな噂を気にした様子はない。

それどころか、既に金貸しだけでも喰っていけるだけの蓄えがあるにもかかわらず、本業の按摩でお呼びがかかれば、いつ何時でもどんな遠い所でも嫌な顔一つせず出かけていくというのだから、仕事熱心なだけだと言えば、そうなのかも知れない。

徳市の家は、回向院の裏、隅田川近くの長屋である。

盲いているとはいえ、住み慣れた我が家に近づいたことは、徳市にも解っている。

昨日今日と思いの外稼ぎもあったし、寝る前にちょいと一杯、等と考えながら歩いていた丁度その時。

「おいてけ、おいてけ」

どこからともなく声が聞こえる。

「どなた様でございましょう」

徳市は辺りの様子を伺いながら訪ねる。

だが、答えはない。

人の気配もなく、微かに虫の音と遠くの隅田川の川音が聞こえるだけである。

はて、空耳であったか、それにしても随分とはっきりと聞こえたように思うたが。

そう思った徳市が歩き始めようとした、その時。

「おいてけ、おいてけ」

再び声がする。

「どちら様でございましょう。

 私、しがない按摩でございます。

 おからかいでございましたら、ご容赦願います。」

そう言って、立ち去ろうとする徳市。だが。

「おいてけ、おいてけ」

 明らかに徳市の向かおうとする方から声がする。

「どうか、お戯れはご勘弁を。

 置いて行けと申されましても金目の物は持ち合わせておりません。」

 そう言いながら、前方の気配を伺うが、やはり何の気配もしない。

 ならば、一旦、引き返すかと踵を返せば、

「おいてけ、おいてけ」

 やはり、徳市の行く方から声がする。

「ご勘弁を、ご勘弁を」

 徳市は、闇雲に声を避けて逃げようとするが

「おいてけ、おいてけ」

「おいてけ、おいてけ」

どちらを向いても、執拗に声が響く。

そのうち、なにやら雷の後のつんとした様な臭いが辺りにたちこめ始め、

「おいてけ、おいてけ」

という声の間に、ちりちりという音も聞こえてくるが、兎に角、この場から逃れたい徳市は、臭いにも音にも気付かない。

突然。

パーン!

何かが弾けたような轟音と共に

「ぎゃぁーーーーーーーっ」

徳市の悲鳴が響き渡った。

闇の中、どさっと誰かが倒れる音がして、そして再び、静寂が訪れた。

                             

トラックバック - http://c-u.g.hatena.ne.jp/puyop/20090917

2008-02-19 (火)

しなもん

[] Lucifer  #4 17:46  Lucifer  #4 - ことだまり を含むブックマーク はてなブックマーク -  Lucifer  #4 - ことだまり  Lucifer  #4 - ことだまり のブックマークコメント

 ただでさえ薄暗くて気味の悪いカタコンベの中を、松明の揺らめく光が、さらにおどろおどろしく見せていた。

 彼を連れ出す許可証を見せて以来、店主は全く口をきかず、黙々と前を歩いていく。

 無理もない。

 一度、ここから彼を連れ出してしまえば、この場所は意味が無くなる。

 つまりは、店主の恐ろしく割の良い副業が、今日で終わりになると言うことだ。

 万に一つ、彼が再びここに帰って来るという選択肢も無くはないが、それが恐ろしく確率が低いことは、店主も承知しているのだろう。

 全ては、彼の「御心のままに」という事だ。


 いや、その意味では、俺だって店主の立場とそう変わらない。

 許可証があるとはいえ、彼が一緒に来るのかどうかも「御心のままに」なのだから。

 彼が行かぬと言えば、店主はあの厳つい顔に満面の笑みを浮かべることだろう。

 そして、俺は黙って次の場所に行くだけだ。

 とまれ、結果は彼だけが知っている。

 そして、その結果を知るためには、彼に会う必要がある。

 それだけの事だ。


「この先は、一人で行くしかねぇ。」

 目の前に突然現れた大きな鉄の扉の前で店主が言う。

 だが、その古びた扉は、一人ではとても開けられそうにない。

 俺が文句を言うよりも早く、店主が言う。

「奴があんたに会う気なら、勝手に開く。

 合う気がないのなら」

 店主が、そこまで言った時、ゴゴゴゴゴという地響きにも似た音を立てて、鉄の扉がゆっくり開いた。

 店主は、肩をすくめて言う。

「お待ちかねのようだ。

 さっさと 行きな。」

 俺は、店主の横を通り抜けようとして、立ち止まり聞いた。

「待っててくれないのか?」

 店主は、もう一度、肩をすくめる。

「いつ帰るか解らねぇもんを、待っていても仕方ねぇだろう。

 それに」

 店主は、俺を見てにやりと笑って言葉を継いだ。

「あんたを帰すかどうかも、奴次第だしな。」

 なるほど、そうだろうな。

 ひとり、納得して俺は鉄の扉をくぐる。

 と、再び、ゴゴゴゴゴという音を立てて、扉が閉まる。

 閉まる瞬間に見えた店主の顔は、なんだか泣いているように見えたが、揺らめく松明の光の中では、光の加減だったかもしれない。

 

 扉が閉まるのを見届けると、俺はゆっくりと振り返る。

 その瞬間、俺は真っ白な光に包まれた空間に放り出された。

 あまりの眩しさに、上下左右、何があるのか全く解らない。

 足が地に着いているのかすら解らず、俺は真っ白な空間の中をふわふわと漂っているような気分になる。

 扉が閉まるまでは、確かにそれまでと同じ薄暗いカタコンベが続いているのが見えていたのだが、今や、その存在はどこにも感じられない。

 俺はただ感心していた。

 こういう職業柄、これに類した体験は、何度もしている。

 だが、これだけ荘厳で圧倒される体験は、他にない。

 なるほど、宗教都市国家が直轄で管理しているだけの事はある。

 しかし、それだけのモノを投入しなければいけない、という事は、それだけ大変な事態だという事を改めて思う。


 次の瞬間、俺は彼が現れたのを知った。

 だが、驚いた事に、彼は迷っていた。

 そんな体験も、初めての事だ。

 普通、彼らに会うときは、もう、答えが出ているモノなのだ。

 一瞬とも永遠とも思える時間の後、再び、彼の気配が揺らぐ。

 と、同時に、俺は足下に地面を感じた。

 あまりに唐突な地面の感触に、俺は思わずよろめいた。

 危ういところで、バランスを立て直して辺りを見回すと、そこはあのノートルダム寺院の前の広場だった。

 次の瞬間、俺の頭の中に、強い指示がひらめいた。

「共に行く」

 一緒に行くという事か?

 だが、辺りには当然、あの彼の圧倒的な存在感はない。

 では、いったい誰と。

 ゆっくりと正面を見上げた俺をじっと見つめていたのは、先ほど、俺に話しかけてきたあの詐欺師少女だったのだ。

~ つづく ~

 

 

トラックバック - http://c-u.g.hatena.ne.jp/puyop/20080219

2008-01-11 (金)

[] Lucifer  #3 17:40  Lucifer  #3 - ことだまり を含むブックマーク はてなブックマーク -  Lucifer  #3 - ことだまり  Lucifer  #3 - ことだまり のブックマークコメント

「御子柴くん、御子柴くん、みぃこぉしぃばぁくん!」

 いつも、三度目には名前なんて呼ばず、「莫迦」だの「愚図」だの言う前時代的パワハラ課長が、三度目にちゃんと名前を呼んだ時点で、彼女は何かおかしいと思うべきだった。

 だが、絵に描いたように「天然」で「莫迦」で「愚図」な彼女は、当然そんなことに気付くはずもなく、

「はい!」

と応えて慌てて立ち上がる。

 その拍子に、自分の席に積み上げられていた書類の山をどうと崩してしまい、もう課長に呼ばれたことなどそっちのけで、あたふたと書類を拾い集め始める。

 彼女の両脇には、先輩の男性と後輩の女性が座っているのだが、書類を拾う彼女を手伝おうともせず、ただ、薄笑いを浮かべて黙って見ている様が、この職場における彼女の扱いを象徴している。

 またしてもいつもであれば、既に「ボケ」だの「カス」だのを連発しているはずの課長は、うんざりしたような顔つきで静かに

「もう、それは後でいいから、ちょっとこっちへ」

と、彼女を呼ぶ。

 彼女は、散らかった書類を、とりあえず自分の足下にかき集めて、慌てて課長の前に行くと、課長は黙って部屋の角にある会議室の方を指さした。

 訳も解らぬまま彼女は言われるままに会議室にはいると、後から入ってきた課長会議室のドアを閉め、

「まあ、座りなさい」

と、いすの方を指さす。

 彼女は進められるがままにいすに腰掛けると、きょとんとした顔で課長の方を見ている。


御子柴鳴海、27歳。

身長162cmで、ややぽっちゃり。

見た目は深田恭子に似ていると本人は思っているが、どちらかと言えば最近ショップ店員の物まねで人気がある若手女性コメディアンの方が似ている。

宮内庁に入庁して5年目。

そろそろ、責任有る仕事を任されていてしかるべき年齢であるが、未だに書類整理、それも後輩からもこき使われている毎日だが、彼女の入庁の経緯を知ればそれも仕方ないと思える。

彼女のようなぼんやりさんが、何故宮内庁という一流官庁に入庁できたのかは、実は彼女にも解らない。

確かに彼女は、大学在学中に国家公務員Ⅱ種試験受験している。

しかし、結果は1次試験不合格であった。

大学ランクとして中の下くらいの大学で、成績が中くらいの彼女では無理もない。

にもかかわらず、卒業が迫って就職が決まらず、流石のぼんやりでも焦り始めた彼女の元に、突然、宮内庁からの採用通知が届いたのである。

あまりの驚きに、彼女宮内庁電話して確かめたのだが、間違いではなかった。

しかも、国家公務員資格がないにもかかわらず、正職員としての採用であった。

狐につままれる、とはこういう事を言うのだろうが、結局、他に宛の無かった彼女は、そのまま宮内庁に入庁した。

驚いたことに、彼女国家公務員資格を持たないことは、入庁して配属された先でも、誰も知らなかった。

だが、彼女が激烈な競争率試験を受けて入庁した他の職員に比べて、遙かに劣ることは、すぐに露呈する。

かくして、彼女ポジションは、今の位置に決まったのである。

だがまあ、それでも良いと、彼女は思っていた。

もともとぼんやりで、親友と呼べる友達もいたことが無く、考えてみれば物心がついて依頼、同じような扱いを受け続けていた彼女にとっては、宮内庁に入れただけでも、十分に幸せなことだったのだ。

思いもかけぬ入庁に両親ももの凄く喜んでくれたし、後はこのまま、地道にずーっと、等と、既に27歳らしからぬ枯れた考えで今日まで過ごしてきた彼女だった。

しかし、その甘い考えも、彼女の目の前に座った課長の一言で大きく崩れ去ってしまうのだった。


「御子柴鳴海さん、異動です。」

「え」

 課長の言った意味が分からず、目を丸くしている彼女の前に、課長は2枚の紙を差し出した。

 一枚の紙を見た瞬間、彼女の目に信じられない文字が飛び込んでくる。

退職

 思わず、ぶわっと涙があふれ出た。

 その涙をぬぐおうともせず、彼女課長に言った。

「あ、あの、私、クビなんですか?」

 課長は、やれやれと頭を振りながら応えた。

「あのなぁ、人の話を聞いてるか?

 異動だ、と言っただろう。」

「でっ、でも、ここに退職と。」

「人の話は、最後まで聞け。」

 うんざりしたような口調で課長が言った。

「御子柴鳴海本日付で特殊法人 言語研究所への異動を命ずる。

 発令は即日、異動先には明日着任とする。

 なお、この異動は特別の事由により、移籍の形で行われる。

 だから、ほれ、こっちの紙。」

 そう言いながら、課長は「退職」と書いてある紙の下になっているもう一枚の紙を上に置いた。

 そこには「採用」という文字が躍っている。

「こ、これって、どういう事なんですか?」

「だぁかぁらぁ」

 課長は、どこまで飲み込みが悪いんだという顔で説明する。

「君は今日でここの仕事おしまい

 明日から、こっちの会社に行ってくれと言うことだ。

 ちなみに、この特殊法人での待遇宮内庁に準ずるとなっているので、君の処遇などは今と同じだ。」

 何となく辞めさせられる訳ではないと思った彼女は、取り出したハンカチでじゅるじゅると鼻をかみながら聞く。

「でも、何で私がこんな所に?」

 課長は、露骨に不快な顔で答える。

「俺も知らんよ。

 さっき、部長に呼ばれて急に言われたんだ。

 まったく年度末が近いこの時期に、良い迷惑だよ。」

課長、私がいなくなると迷惑なんですか?」

 課長言葉尻に、ちょっとにやっとして彼女が言う。

 課長は、ぎょっとしたような顔になって言い返す。

莫迦な、返って清々するくらいだ。

 だが、この忙しい時期だから、雑用係程度でもいてくれないとだな」

 そこまで言って、はっとしたように課長は、彼女の方をみる。

 再び、うるうると目に涙をためている彼女を見て、しまった、本当のことを言い過ぎたかと焦った顔になり

「とにかく、ぐずぐずしないで、ここはさっさと片付けろと言うことだ!

 以上!」

 そう怒鳴って立ち上がろうとする課長に、彼女がすがるような声で聞く。

「そ、それでも、皆さんから頼まれている伝票、まだ終わってないんですけど。」

 だが、その質問に、彼女の顔を見ようともせず、

「じゃあ、行く前にそれだけはさっさと片付けろ!」

とだけ叫ぶと、課長は乱暴に扉を閉めて会議室を出て行った。


 暫く会議室で呆然としていた彼女だったが、やがてため息を一つつくと、会議室を出る。

 一瞬、事務所全員の目線が、彼女に注がれる。

 もう、話が伝わっているのか?

 そう思って辺りを見回したが、他のみんなは一斉に視線を外す。

 そしてふと気付くと、足下にさっき落ちた書類の他に、机の上は新たな書類で一杯だった。

 結局、彼女が全ての書類を終わらせて、わずかばかりの私品を紙袋に詰めて宮内庁事務所を後にしたのは、もう、始発の電車が動き始める時間だった。

 ゆっくりと明るくなっていく誰もいない道を、これからどうなるのだろうと思いながら、彼女は歩いていた。

 だが、運命は、彼女想像以上の変化の中に巻き込もうと、今、この瞬間にも爪を研いでいたのである。

~ つづく ~

 

トラックバック - http://c-u.g.hatena.ne.jp/puyop/20080111

2007-12-13 (木)

ナザレの町

[] Lucifer  #2 18:51  Lucifer  #2 - ことだまり を含むブックマーク はてなブックマーク -  Lucifer  #2 - ことだまり  Lucifer  #2 - ことだまり のブックマークコメント

「ヨシュア、ヨシュア」

 自分を呼ぶ声に、彼はしまったという顔をする。

 しかし、見つかってしまった以上、無視できるはずがない。

「はい、父さん」

 彼は、急いで声のした方を、振り返る。

 思った通り、恐ろしい形相で彼を睨みながら、父、ヨセフが、ガラリア山地特有の赤茶けた荒野を、彼に向かって歩いてくる。

 そして、歩きながら彼に大声で怒鳴る。

「どういう事なんだ、ヨシュア。

 お前、シナゴーグ現場に、全く顔を出していないそうじゃないか。

 お前が早く仕事を覚えられるようにと、無理して現場に頼んできたのだ。

 儂がお前に仕事を任せると言ったのを、聞いてなかったのか?」

「いや、解っています、父さん。

 ただちょっと、その。」

「ちょっとだと?何がちょっとなのだ。」

 彼は、ちょっと俯いて、父親に聞こえぬようにそっとため息をつくと、こういった。

「考え事をしていて」

 言いながら、上目使いに父親の方を見れば、案の定、父親は真っ赤になって烈火のごとく猛り狂った。

「考え事だと?

 こんな荒野に朝から出かけて、何を考えるというのか。

 お前は大工なのだぞ。

 荒野で考え事などするのは、修練を積んだラビ達に任せておけばよい!」

 そこまで、一気にまくし立てると、今度は急に悲しげな顔つきになって言う。

「なあ、ヨシュアよ。

 お前も解っておるであろう。

 口さがない者達が、お前のことをなんと言っておるのか。

 もちろん、それが根も葉もない事であるのは、儂が一番知っておる。

 だがな、世間は噂に流されるもの、弱みを見せるとそれ見たことかと、あれやこれや言うものが出てくる。

 それを防ぐためにも」

「解っております。父さん」

 彼は、唐突に父の言葉を遮った。

「だが、ヨシュア」

 父は、更に続けようとするが、彼はそれを押しとどめるように言葉を続ける。

今日は、本当に申し訳ありません。

 どうしても、心から迷いが離れなかったのです。

 しかし、父さんの言うとおり、ここでいろいろ迷っていてもどうにかなるものでもありません。

 これから、シナゴーグ現場に参ります。

 懸命に大工仕事を覚えます。」

 父の方をみて、彼がそう言うと、父はそっと彼の肩を抱き寄せていった。

「ヨシュアよ。

 さっきは、儂も言い過ぎた。

 お前も辛いのであろうな。

 だが、お前の言うとおりだ。

 あれこれ悩んでいても詮無きこと。

 今は、懸命に仕事に励め。

 きっと、そうすれば神の思し召しがあるだろう。」

ありがとう、父さん。

 それでは、私は行きます」

 彼は父の方を向いてそう告げると、父が来た方に向かって歩き出す。

「うむ、しっかり頼むぞ」

 父も、息子の決意を聞いて、安堵の表情を浮かべながら、彼を見送る。

「そうだ、ヨシュア」

 彼が、数十メートル歩いたあたりで、父が再び声をかける。

「あの話、進めてみてはどうだ」

「あの話?」

 彼は、怪訝な顔で振り返る。

 父は、ゆっくりと彼に近づきながら満面の笑みを浮かべて言う。

結婚だ。お前の結婚だよ。

 いくつか話が来ていると、この前話しただろう。

 お前も、もう二十歳。

 結婚するには、遅いくらいだ。

 どうだ、ちょっと考えてみんか」

 結婚か。

 彼は、自分の心の中に、再びもやもやとしたものが広がるのを感じた。

 だが、今は、それを言うべき時ではない。

 そう判断した彼は、父親に告げる。

「父さんにお任せします」

 その返事を聞いて、父親は再び笑顔になる。

「よし、解った。

 お前にお似合いの花嫁を捜してやろう。

 儂に任せておけ」

 その言葉に、曖昧な笑いを浮かべて父を見ると、もう父は、一人でぶつぶつとつぶやきながら、勝手花嫁捜しに夢中になっているようだった。

 彼は気付かれぬように苦笑すると、再び彼の仕事場であるシナゴーグに向かって歩き始めた。

 心のもやもやは晴れぬままであった。

 結婚など、考えられる訳がなかった。

 何より、彼を悩ませていたのは、何故そのもやもやが彼にとりついて離れないのか、その理由が分からないことだった。

「私は、いったい何がしたいのだ。

 私は、いったい何なのだ」

 その時、遠くで雷鳴が成った。

 しかし、慌てて周囲を見回した彼の目は、一片の雷雲さえ見つけることが出来なかった。

 そのまま、空を見上げて彼はつぶやく。

「神よ、いったいあなたは、私に何をせよと仰るのでしょうか?」

 そう、まだ彼は、彼が生まれた理由も、使命も、そして彼に眠る力のことも何も知らなかった。

 今はただ一人、悶々とした葛藤のまっただ中に、彼は立ちつくしていたのである。

                   ー つづく ー

若きウェルテルの悩み (岩波文庫)

若きウェルテルの悩み (岩波文庫)

 

  

 

トラックバック - http://c-u.g.hatena.ne.jp/puyop/20071213

2007-11-30 (金)

ノートルダム寺院

[] Lucifer  #1 01:17  Lucifer  #1 - ことだまり を含むブックマーク はてなブックマーク -  Lucifer  #1 - ことだまり  Lucifer  #1 - ことだまり のブックマークコメント

 久しぶりのパリはすっかり勝手がわからなくなっていて、目的地一つ手前のサン・ミッシェルの駅で降りてしまったのだが、その間違いに気付いたのは、地上に出てからだった。

 だが、ここまで来れば、ノートルダム寺院は目と鼻の先。

 辺りを眺めながら歩けば、これ以上道を間違うことは無さそうだ。

 数分でたどり着いた寺院の前は、平日にもかかわらず各国からの観光客で溢れている。

 それを横目で眺めながら通り過ぎようとしたとき。

「アロー、ムッシュ?」

 振り向けば、小柄で質素な恰好の女性が、俺の方を見つめていた。

 パリには綺麗な女性が多いが、その中でも可愛い方に入るなと、余計な品定めをしていると、彼女が辿々しい英語で話しかけてくる。

Can you speek english?」

 解るよ、と答えようとして、彼女が手にしている紙切れを見た瞬間、ピンと来た。

 彼女は、物乞いなのだ。

 その紙切れには英語で何やら複雑なと事情と今すぐ米国に送金して欲しい等々と言うことが書かれていて、それを説明すると、彼女が困った顔で、今はお金のアテがない、親切なお方、幾許かのお金カンパしてはくれまいか、となるのだったと思う。

 そんなことを考えていると、彼女は脈があると見たのか、すかさず紙切れを差し出して、これを読んでくれ、と今度はフランス語で身振り手振りで迫ってくる。

 いや、俺はフランス語だってわかっちゃうのだけれど、残念ながら今はお嬢さんに付き合っている閑はない。

 思いっきりジャパニーズスマイルを振りまいて、両手を振りながら何も解らぬ素振り彼女から離れた。

 そんな俺を、彼女は、困惑した顔で何時までも眺めている。

 すぐさま次のカモを捜す物だと思っていたが、あそこまでやるというのは、なかなかたいしたものだ、等と俺は再び余計な事を考えつつ、ノートルダムの前を左に折れ、市民病院の隣の路地に入っていった。

 この辺りには、観光客目当てのみやげ物屋と、同じく観光客目当てでとんでもないレートで換金する両替屋が幾つも並んでいる。

 俺は、その中でも見るからに怪しげで、見るからに流行っていない一軒の両替屋にはいる。

 案の定、客は誰もいない。

 鉄格子とガラスが入った両替カウンターの向うから、太った店主がじろりと俺の方を見る。

 俺がつかつかとカウンターに近寄ると店主が英語で低い声で聞いてくる。

「両替か?円の両替はチェックだけだぞ。」

 俺は首を振ると、答えた。

「両替じゃない。例の仕事だ。」

 店主は俺の言ったことが解らなかったらしく、不審げにぴくりと右の眉を上げる。

 まあ、確かに例の仕事のために、わざわざ日本人が来ることは殆ど無いだろう。

 俺は、胸のポケットから小さな手帳を出して、店主に開いて中を見せる。

 そこには、或る組織の身分証が印刷されている。

 店主は不審げな顔のまま、ぼそりと言う。

東洋からわざわざ来るとは、どんな依頼だ?」

 だが、俺はそれに答えずに言う。

「急ぐんだ。早くしてくれ。」

 店主は右手親指で、店の裏の方を指さしながら答える。

路地の裏に回ってくれ。

 入り口はそこにある。」

 俺は一旦店を出た。

 ガラガラと店の中から音がしたので、ちょっとのぞいてみると、店主がカウンターシャッターを下ろしていた。

「休憩中」の看板も下がっている。

 怪しい路地の更に怪しい細い道を抜けて行くと、そこに店主が立っていた。

 店主は手招きすると、俺を裏口から店の中に招き入れる。

 店の中は、得体の知れない土産物が、所狭しと積み上げてある。

 その合間を縫って奥に歩いていくと、店主が止まれと合図をした。

 そして、ごそごそと何かを探り始める。

 と、かちりと音がして、目の前の壁がするすると横に開き、真っ黒な穴がぽっかりと口を開いた。

 更に店主が何かを弄ると、その真っ暗な穴に、突然、煌々と電球の明りが灯り、その光に照らし出されて、地下へと続く階段が現れた。

 店主は、ついてこいと身振りで示し、自らが先になってその階段を下り始める。

 俺も店主に続いて階段を下り始める。

 結構、急な傾斜だ。

 数メートル下った辺りで、再びかちりと音がした。

 後ろを振り返ると、開いていた壁が元通りに閉まって行く。

 俺が前を向くと、先に進んでいた店主が俺を見上げて、黙って頷く。

 心配するなと言うことなのだろう。

 そのまま、二人で再び階段を下り続けた。

 どの位下り続けただろう。

 黙々と下った先に、ドアのような物が現れる。

 店主が、そのドアの辺りをかちゃかちゃと弄ると、かちゃっと音がして、ドアが開く。

 店主は、開いたドアを押さえ、身振りで先に入れと俺に示した。

 俺は頷くと、店主の横をすり抜けてドアの中にはいる。

 中は真っ暗でかび臭い匂いがした。

 ドアの向うでは、店主がまた何かやっている。

 かちかちと音がして、オイルの匂いが漂ってくる。

 やっとドアをくぐり抜けて入ってきた店主は、ランプを手にしていた。

 店主は、それを一旦、俺に渡すと、後ろを振り返り、またドアの横を弄り始める。

 すると今度は、降りてきた階段を照らしていた電球の明りが消える。

 それを確認すると、店主はおもむろにドアを閉めて鍵をかけた。

 その間、俺は手にしたランプで辺りを照らしてみる。

 ランプの明りで照らし出された空間は、石壁で作られた室のようになっていた。

 明りが十分でないのでよく見えないが、奥の方の壁には、幾つもの横穴が開いているように見える。

 そう、ここは、カタコンベの一つなのである。

 もちろんこの場所は、一般には、いや、一般どころか、専門家にも知られていない。

 いくつかの組織だけがその存在を知る特別な場所だ。

 そして、その存在を特別にしなければいけない理由が、今日、俺がここに来た理由でもある。

 店主と俺は、ランプの明りを頼りにカタコンベの中をゆっくりと歩いて行く。

「彼に何を聞くつもりだ?」

 今まで黙々と前を歩いていた店主が、前を向いたままで唐突に聞いてきた。

 俺はゆっくり首を振って答える。

「いや、聞きに来たんじゃない、連れて行くんだ。」

 その言葉にぎょっとした様に店主は立ち止まり、振り返った。

正気か?」

「もちろん。許可も得てある。」

 俺は、そう答えると、スーツの内ポケットから、一枚の紙切れを出す。

 店主は、ランプを近づけて俺が出した紙切れをまじまじと見る。

 そして、そこにある紋章が、いつもの俺らの組織の物ではなく、某都市国家の紋章であることに気付いて言う。

メシアでも捜す気か?」

 俺は、ニッと笑って答える。

「だとしたらどうする?」

                    ー つづく ー

メシアの処方箋 (ハルキ文庫)

メシアの処方箋 (ハルキ文庫)

 

 

 

namgennamgen2007/12/12 13:19これから始まるのですね。
あわてずゆるりと丁寧にいって下さい。
楽しみにしています。

puyoppuyop2007/12/12 14:58
★namgenさん
 まだ、下書きの下書きくらいなのでサクサク書き散らしたいのですが、もろもろ有って。^^;

トラックバック - http://c-u.g.hatena.ne.jp/puyop/20071130