私は毎日すべての事がだんだん良くなる

2007-04-15偽アマゾン撮影隊騒動記

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◆ 西表のツナ缶 ◆

 

 ふと我にかえると、不思議な事にそこはすでに西表島の大原港だった。風雨は若干弱まったものの、西表はまだまだ元気な台風の余韻を引きずっている。

 俺たちは一様に外海に出てからの記憶を失っていた。あの『うちな〜ぐち』訛りのジョージ・クルーニーは、俺たちを降ろした後、休むでもなく再び石垣島に向けて、一人でパーフェクト・ストームしに戻って行った。世の中にはとんでもない人物がいくらでも居るもんである。

 はっきりと覚えているのは、西表島大原港に上陸した時、安定しているはずの大地(島を大地と呼んでも差し支えなければ)が、ジョージの船より激しく上下動しているという感覚が、なかなか治まらなかった事だ。上陸してしばらくは船酔いがぶり返し、陸揚げされた冷凍マグロのような、何の役にも立たない四人が埠頭に転がっていた。

 

 そんな役に立たないマグロを買い付けにやってきた物好きな連中がいた。先乗りしていた撮影部チーフ・アシスタントの有吉とコーディネイター中上さんだ。

「お疲れさま〜!」

「漁船で来たんですってぇ? そりゃ大変だったでしょ?」

 まだまだ結構な雨と風の中だというのに、やけに明るい二人の声が、虚ろな頭蓋骨の中に固定されるまで、しばらく時間を必要とした。

「……何で……そんなに……元気なの? ……有ちゃん」

 マグロが喋るというのは恐ろしく大変なんだ、ということに気が付いた。

「うちら昨日は一応フェリーですからね。多少荒れてましたけど楽なもんでしたよ」

「……助けて……お願い……」

 

 解凍しきれていない四本のマグロは、酔狂な仲買人の手でマイクロバスに押し込められた。マイクロバスは、島の東海岸沿いをぐるりと巡る半周回道路を宿に向かってゆるゆると走る。バラバラと大きな音とともに屋根を叩く雨の音。ハイスピードでシャカシャカ動く割りには、あまり誉められた仕事量ではないワイパー。それでもついさっきまでとは比較にならない快適さである。このマイクロがどれほど揺れようが、年齢および体力制限のやたらと厳しい、エンドレス・ウルトラ絶叫マシーンに比べれば、二歳児でも安心なダンボのメリーゴーラウンドだ。目的地は西表島唯一の宿『あけぼの館』である。何とも心休まる収まりのいい名前じゃないか

 ……『あけぼの印のツナ缶』。

 

『あけぼの館』に着くころには、マグロは何とか人間風に解凍が進んでいた。宿の前まで出迎えてくれたみんなと再会した時、ふと『これなら本物のアマゾンに行った方が楽だったに違いない……』という思いが頭の中をよぎった。

「お疲れ〜。なんだなんだ、着いたそうそうへばった顔して」

「いやぁ、着いたそうそう思いっきりへばってんです」

 撮影監督の斎藤さんが俺の頭をコツンと叩いた。それはなんだか心地よい痛みだった。

 

「ロケハンは終わってるよ。後は天気が回復するのを待つだけ」

 リー・バン・クリーフにそっくりで、いつもレイバンのサングラスをかけている村田監督が優しく状況を伝えてくれる。

「アサガオも咲いてるってさ」

「ちょっとだけ気になるのは、広い画が難しいってところかな? まぁ何とかなるんじゃない?」

 確かに亜熱帯雨林は似ていても、アマゾンと西表ではまったく規模が違う。でも何とかなりそうなら気にすることも無いか……。

 

 ミーティングはそのまま明日以降の好天を願う、映像屋お定まりの『お天気まつり』に移行していった。

「晴れろ〜!」

「おぅい誰か気象庁仕切って来いっ!」

「だいじょぶっす! 出発前にひとこと言っときましたぁ!」

「泡盛大スキ! サイコー!」

「もう呑めねぇ、お代わりっ!」

 

 俺たちの騒ぎとは無関係に、西表の夜は淡々と、しかし深く沈んでいくのであった。