私は毎日すべての事がだんだん良くなる

2007-04-28偽アマゾン撮影隊騒動記

[] -『偽アマゾン撮影隊騒動記』-07 19:36  -『偽アマゾン撮影隊騒動記』-07 - 私は毎日すべての事がだんだん良くなる を含むブックマーク はてなブックマーク -  -『偽アマゾン撮影隊騒動記』-07 - 私は毎日すべての事がだんだん良くなる  -『偽アマゾン撮影隊騒動記』-07 - 私は毎日すべての事がだんだん良くなる のブックマークコメント

 

 

◆ いよいよ密林の奥へ…… ◆

 

 好条件の中、予定は未定ではなくなり決定となっていく。

 前日までのスケジュールが順調に消化できたおかげで、残る撮影予定シーンは僅かである。ただし、僅かといっても、アマゾンの奥地に単身分け入った主人公が『未知の植物の種』と遭遇するという、今回の作品の中で核心を占める場面を含んでいる。

 そのホンの数カットを撮るために、俺たちは名もない渓流を遡ることとなった。早朝の『あけぼの館』を出たマイクロバスはさほどの距離を走ることもなく、小さな流れが海に注ぎ込んでいるところで止まった。マイクロは、ほとんど道ばたに乗り捨て状態である。今日の撮影ポイントはかなり山奥であり、一度上がったら簡単に戻ってくることは不可能なので、忘れ物のないよう確認して(つまり全装備を持って)はじめの一歩を踏み出した。

 フィルムの機材はとても嵩張るうえに、頑丈なのでやたらと重い。機材は可能な限り分割され、各人の背中の居候となった。ひとりあたり二十キロくらいはあるだろうか。気合いの入った登山隊に負けないくらいの量である。

 天気はいいのだが、台風のもたらした雨の影響はまだまだ強く、渓流の水は多く激しい。標高が上がっていくとともに、渓流を覆う緑の量も増えていく。このあたりは観光ルートから外れていることもあり、踏み分け道なんていうものはない。渓流に沿って、時には川底を踏みしめて、ひたすら上へ上へと黙々と登っていく。常に水とともに進むので、比較的涼しげなのが救いだ。

 中上さんはさすがに慣れているだけあって、山刀で生い茂るツタやシダ、下生えをさばきながら、素人の俺たちをうまく導いてくれる。川底を歩くケースが増えてくるが、急流なので苔に覆われた岩が少なく、足場は確保しやすい。だんだんジャングルはアマゾンらしさを深め、見るもの全てが珍しい。寄生した大木の幹を締め付け締め上げる、腕ほどもある太さのツタ類。絡まれた幹は今にも折れてしまいそうである。見上げると、木々の又にはこんもりとヤドリギ(多くはシダ類)がかぶさり、ぶら下がっている。美しい蝶が飛び、時々ハッとするほど清純に真っ白い花が、俺たちに見つかってしまったことを恥ずかしむように揺れる。心配していたハブなどとの遭遇はない。ついでにイリオモテヤマネコとの遭遇もない。

 

 一時間が行き過ぎ、また次の一時間がやってくる。ジャングルは高さを増し、深さを増し、俺たちを包み込む。覆い被さる密林に空の青さが遮られ、鮮やかだった緑が暗緑色に沈む。体力の消耗とともに、背中の居候が断りもなく、勝手に人数を増やしているような気がしてくる。聞こえるものは水の音と自分の息づかいだけになってきた。見えるものは前を歩く人の踵と、その踵が踏んだ場所。俺は機械的に足をあげ、その同じ場所を踏む。すぐ後ろのスタッフは同じように俺が踏んだ跡を踏む。歩く機械と化した俺たちを時折激しい雨が襲う。山の天気は変わりやすいものだが、密林の天気は変わらない方が不思議なくらいである。スコールをやり過ごし、小休止を何度か挟みながら奥へ奥へとさらに踏み込んでいく。

 ドーッという音が聞こえてきた。

「もうすぐです!」と、中上さんがしばらくぶりに声を出した。

 落差五メートル程の滝だ。滝壺から上流に廻りこんだところに比較的平坦な場所があり、そこに機材を降ろすこととなった。ここが今日の撮影拠点となる。

 ようやくおにぎりタイム。当然のように一番安全な位置は機材が占めるため、俺たちは斜面や川底に立ったままおにぎりを食べる。滅茶苦茶旨い。軽く休憩した後、中上さんの案内で村田監督と斎藤さん、有ちゃんがポイントを確認しに行く。相変わらず雨は断続的に降ってくる。

 三人が戻り、全員で段取りの再確認を行う。天候が不安定なので、重要なシーンから撮ることとなる。奥深く険しい場所での撮影だ。昨日までの、どこかのどかさを感じさせる撮影とは異なり、石島さんの表情も一段と引き締まる。いい顔だ。村田さんと斎藤さん、石島さんの三人が演出についての意識合わせを進める脇で、チーフの有ちゃんたちが機材を組み上げる。ステディカムもスタンバイOKだ。

 

 雨が上がると、有ちゃんは露出計を持ってポイントのあちらこちらで明るさを計る。その動きを見ながら斎藤さんはトレードマークである、真っ白な綿の薄手の手袋をはめた。

「オッケーでーす! 行けまーす!」と有ちゃん。

「よぉし回してくよ!」監督。

「石島さん、スタンバイ願います」助監督。

「ハイ、キャメラ回ったぁ!」有ちゃん。

「カチンコ入ります」助監督。

「よぉーい……スタートッ!」監督。

 石島さんが歩く……歩く……歩く……。

「カァーット! ……どう? 斎藤ちゃん?」村田さんがキャメラを振り向く。

 斎藤さんは、真っ白な手袋の親指を上げ、笑顔で頷く。一発OKだ!

「よぉし! どんどん行くよ!」という監督の言葉に、全員が「ハァイ!」と応じるが、丁度そこに雨が落ちてくる。

「ちょっとタンマです!」

 有ちゃんが怒鳴る。明かり不足だ。この暗さでは撮影は難しい。ヴィデオであれば何ということもなく撮影できるのだが、フィルムの場合は露出がシビアなため、撮影可能な明るさの幅がとても狭い。

「撤収!」

 すばやく機材を拠点のシートの中に収め、俺たちは斜面や沢の中に立ち、雨がやむのを待つ。二カット撮っては三十分の天気待ちという感じ。小降りになると有ちゃんが動き始めるが、村田さんが「まだダメだ」と抑える。村田さんは隣にいた俺を振り向き、ニヤリと笑う。

「このサングラスはね、伊達じゃないんだよ。サングラス掛けていて暗いなと感じた時は、フィルム回せないんだ。監督がサングラスを手放さないのはね、こういう時のためなんだよ」

 やっぱり、このリー・バン・クリーフは格好いい。

 

 その後も何度か雨で中断するが、誰一人撮れないということを考えていないのが、表情から伝わってくる。頼もしい。

「オッケーでーす! 行けまーす!」

 有ちゃんの声で撮影再開。

 石島さんが斜面で躓き、滑り落ちる。もちろん演技だ。上手い。体が止まったところで、石島さんがふと見た手元にそれはあった。

 

『未知の植物の種』との遭遇。

 

「カァーット!」

「オッケー!」

 震える。この現場に立っている事がこんなに嬉しいとは。俺はこんなに凄い人たちと仕事をしている! 震えが止まらない。

 

「藤田さーん! スモーク!」

「はいよ! 待ってました!」

 美術の藤田さんの出番だ。次の撮影は朝靄シーンである。藤田さんは特に素晴らしい出来の『未知の植物の種』を始め、石島さんの衣装や小道具、汚れメイクなどをこまめに、しかもリアルにこなしてくれていた。「ガバチョ(ガムテープ)さえあれば何でも作るよ!」というのが口癖だ。

 今回のロケに、美術部は監督の藤田さん一人しか来ていないため、このシーンでは俺がサポートに入る。二人で現場の風上にまわりこみ、発煙筒を焚いてあたり一面真っ白なモヤを作るのである。一面に漂うモヤを作るためには現場からかなり登り、しかも広範囲に渡って撒き散らす必要がある。藤田さんと俺は何本もの発煙筒を持って駆け足で移動を始めた。

「もっといっぱい焚いてぇ!」

「了解ーっ!」

 しかしそこに無情にも雨が落ちてくる。撮影はまた中断だ。雨は折角のモヤを封じ込め、沢へと流して行く。でも藤田さんは悔しい顔を見せない。

「ほぉら、いっぱい持ってきて良かったろ?」

 撮影隊の中で最奥部に潜り込んだ二人は、ニヤリと笑みを交わした。

 

 有ちゃんの声が届き、藤田さんと俺は再びジャングルの中を発煙筒を抱えて走り回る。(すっげー楽しいっ!)

 疲れはどこかに吹き飛んでいる。

「オッケー! 行くよぉ!」

 …………

「カァーット!」

「オッケー!」

 うまく行かない訳がない。俺と藤田さんはバチンとハイタッチ、みんなのところへ戻っていった。

 

「次、ラスト!」

 村田さんが、一際大きい声で告げる。ラストは石島さんが滝の上流を飛び石や倒木を伝わって横断するシーンだ。途中で転ぶ場面があり危険ではあるが、石島さんも気合い充分。転び方が自分で納得できないらしく、自身でNGを告げる。

「もう一回やらせてください!」

 震える。みんな震えている。

 

「カァーット!」

 村田さんが声を張り上げ、斎藤さんを凝視める。

 斎藤さんは、ここに至ってもまだ真っ白な手袋の親指を上げ、笑顔で頷いた。

「終了っ! お疲れさまでしたぁっ!」

 思わず全員が拍手していた。

「さぁて、帰りますかぁ!」

「おぅ! 腹減ったなぁ」

 

 帰り道はとても短かった。背中の居候も浮かれていた。