私は毎日すべての事がだんだん良くなる

2007-04-28偽アマゾン撮影隊騒動記

[] -『偽アマゾン撮影隊騒動記』-07 19:36  -『偽アマゾン撮影隊騒動記』-07 - 私は毎日すべての事がだんだん良くなる を含むブックマーク はてなブックマーク -  -『偽アマゾン撮影隊騒動記』-07 - 私は毎日すべての事がだんだん良くなる  -『偽アマゾン撮影隊騒動記』-07 - 私は毎日すべての事がだんだん良くなる のブックマークコメント

 

 

◆ いよいよ密林の奥へ…… ◆

 

 好条件の中、予定は未定ではなくなり決定となっていく。

 前日までのスケジュールが順調に消化できたおかげで、残る撮影予定シーンは僅かである。ただし、僅かといっても、アマゾンの奥地に単身分け入った主人公が『未知の植物の種』と遭遇するという、今回の作品の中で核心を占める場面を含んでいる。

 そのホンの数カットを撮るために、俺たちは名もない渓流を遡ることとなった。早朝の『あけぼの館』を出たマイクロバスはさほどの距離を走ることもなく、小さな流れが海に注ぎ込んでいるところで止まった。マイクロは、ほとんど道ばたに乗り捨て状態である。今日の撮影ポイントはかなり山奥であり、一度上がったら簡単に戻ってくることは不可能なので、忘れ物のないよう確認して(つまり全装備を持って)はじめの一歩を踏み出した。

 フィルムの機材はとても嵩張るうえに、頑丈なのでやたらと重い。機材は可能な限り分割され、各人の背中の居候となった。ひとりあたり二十キロくらいはあるだろうか。気合いの入った登山隊に負けないくらいの量である。

 天気はいいのだが、台風のもたらした雨の影響はまだまだ強く、渓流の水は多く激しい。標高が上がっていくとともに、渓流を覆う緑の量も増えていく。このあたりは観光ルートから外れていることもあり、踏み分け道なんていうものはない。渓流に沿って、時には川底を踏みしめて、ひたすら上へ上へと黙々と登っていく。常に水とともに進むので、比較的涼しげなのが救いだ。

 中上さんはさすがに慣れているだけあって、山刀で生い茂るツタやシダ、下生えをさばきながら、素人の俺たちをうまく導いてくれる。川底を歩くケースが増えてくるが、急流なので苔に覆われた岩が少なく、足場は確保しやすい。だんだんジャングルはアマゾンらしさを深め、見るもの全てが珍しい。寄生した大木の幹を締め付け締め上げる、腕ほどもある太さのツタ類。絡まれた幹は今にも折れてしまいそうである。見上げると、木々の又にはこんもりとヤドリギ(多くはシダ類)がかぶさり、ぶら下がっている。美しい蝶が飛び、時々ハッとするほど清純に真っ白い花が、俺たちに見つかってしまったことを恥ずかしむように揺れる。心配していたハブなどとの遭遇はない。ついでにイリオモテヤマネコとの遭遇もない。

 

 一時間が行き過ぎ、また次の一時間がやってくる。ジャングルは高さを増し、深さを増し、俺たちを包み込む。覆い被さる密林に空の青さが遮られ、鮮やかだった緑が暗緑色に沈む。体力の消耗とともに、背中の居候が断りもなく、勝手に人数を増やしているような気がしてくる。聞こえるものは水の音と自分の息づかいだけになってきた。見えるものは前を歩く人の踵と、その踵が踏んだ場所。俺は機械的に足をあげ、その同じ場所を踏む。すぐ後ろのスタッフは同じように俺が踏んだ跡を踏む。歩く機械と化した俺たちを時折激しい雨が襲う。山の天気は変わりやすいものだが、密林の天気は変わらない方が不思議なくらいである。スコールをやり過ごし、小休止を何度か挟みながら奥へ奥へとさらに踏み込んでいく。

 ドーッという音が聞こえてきた。

「もうすぐです!」と、中上さんがしばらくぶりに声を出した。

 落差五メートル程の滝だ。滝壺から上流に廻りこんだところに比較的平坦な場所があり、そこに機材を降ろすこととなった。ここが今日の撮影拠点となる。

 ようやくおにぎりタイム。当然のように一番安全な位置は機材が占めるため、俺たちは斜面や川底に立ったままおにぎりを食べる。滅茶苦茶旨い。軽く休憩した後、中上さんの案内で村田監督と斎藤さん、有ちゃんがポイントを確認しに行く。相変わらず雨は断続的に降ってくる。

 三人が戻り、全員で段取りの再確認を行う。天候が不安定なので、重要なシーンから撮ることとなる。奥深く険しい場所での撮影だ。昨日までの、どこかのどかさを感じさせる撮影とは異なり、石島さんの表情も一段と引き締まる。いい顔だ。村田さんと斎藤さん、石島さんの三人が演出についての意識合わせを進める脇で、チーフの有ちゃんたちが機材を組み上げる。ステディカムもスタンバイOKだ。

 

 雨が上がると、有ちゃんは露出計を持ってポイントのあちらこちらで明るさを計る。その動きを見ながら斎藤さんはトレードマークである、真っ白な綿の薄手の手袋をはめた。

「オッケーでーす! 行けまーす!」と有ちゃん。

「よぉし回してくよ!」監督。

「石島さん、スタンバイ願います」助監督。

「ハイ、キャメラ回ったぁ!」有ちゃん。

「カチンコ入ります」助監督。

「よぉーい……スタートッ!」監督。

 石島さんが歩く……歩く……歩く……。

「カァーット! ……どう? 斎藤ちゃん?」村田さんがキャメラを振り向く。

 斎藤さんは、真っ白な手袋の親指を上げ、笑顔で頷く。一発OKだ!

「よぉし! どんどん行くよ!」という監督の言葉に、全員が「ハァイ!」と応じるが、丁度そこに雨が落ちてくる。

「ちょっとタンマです!」

 有ちゃんが怒鳴る。明かり不足だ。この暗さでは撮影は難しい。ヴィデオであれば何ということもなく撮影できるのだが、フィルムの場合は露出がシビアなため、撮影可能な明るさの幅がとても狭い。

「撤収!」

 すばやく機材を拠点のシートの中に収め、俺たちは斜面や沢の中に立ち、雨がやむのを待つ。二カット撮っては三十分の天気待ちという感じ。小降りになると有ちゃんが動き始めるが、村田さんが「まだダメだ」と抑える。村田さんは隣にいた俺を振り向き、ニヤリと笑う。

「このサングラスはね、伊達じゃないんだよ。サングラス掛けていて暗いなと感じた時は、フィルム回せないんだ。監督がサングラスを手放さないのはね、こういう時のためなんだよ」

 やっぱり、このリー・バン・クリーフは格好いい。

 

 その後も何度か雨で中断するが、誰一人撮れないということを考えていないのが、表情から伝わってくる。頼もしい。

「オッケーでーす! 行けまーす!」

 有ちゃんの声で撮影再開。

 石島さんが斜面で躓き、滑り落ちる。もちろん演技だ。上手い。体が止まったところで、石島さんがふと見た手元にそれはあった。

 

『未知の植物の種』との遭遇。

 

「カァーット!」

「オッケー!」

 震える。この現場に立っている事がこんなに嬉しいとは。俺はこんなに凄い人たちと仕事をしている! 震えが止まらない。

 

「藤田さーん! スモーク!」

「はいよ! 待ってました!」

 美術の藤田さんの出番だ。次の撮影は朝靄シーンである。藤田さんは特に素晴らしい出来の『未知の植物の種』を始め、石島さんの衣装や小道具、汚れメイクなどをこまめに、しかもリアルにこなしてくれていた。「ガバチョ(ガムテープ)さえあれば何でも作るよ!」というのが口癖だ。

 今回のロケに、美術部は監督の藤田さん一人しか来ていないため、このシーンでは俺がサポートに入る。二人で現場の風上にまわりこみ、発煙筒を焚いてあたり一面真っ白なモヤを作るのである。一面に漂うモヤを作るためには現場からかなり登り、しかも広範囲に渡って撒き散らす必要がある。藤田さんと俺は何本もの発煙筒を持って駆け足で移動を始めた。

「もっといっぱい焚いてぇ!」

「了解ーっ!」

 しかしそこに無情にも雨が落ちてくる。撮影はまた中断だ。雨は折角のモヤを封じ込め、沢へと流して行く。でも藤田さんは悔しい顔を見せない。

「ほぉら、いっぱい持ってきて良かったろ?」

 撮影隊の中で最奥部に潜り込んだ二人は、ニヤリと笑みを交わした。

 

 有ちゃんの声が届き、藤田さんと俺は再びジャングルの中を発煙筒を抱えて走り回る。(すっげー楽しいっ!)

 疲れはどこかに吹き飛んでいる。

「オッケー! 行くよぉ!」

 …………

「カァーット!」

「オッケー!」

 うまく行かない訳がない。俺と藤田さんはバチンとハイタッチ、みんなのところへ戻っていった。

 

「次、ラスト!」

 村田さんが、一際大きい声で告げる。ラストは石島さんが滝の上流を飛び石や倒木を伝わって横断するシーンだ。途中で転ぶ場面があり危険ではあるが、石島さんも気合い充分。転び方が自分で納得できないらしく、自身でNGを告げる。

「もう一回やらせてください!」

 震える。みんな震えている。

 

「カァーット!」

 村田さんが声を張り上げ、斎藤さんを凝視める。

 斎藤さんは、ここに至ってもまだ真っ白な手袋の親指を上げ、笑顔で頷いた。

「終了っ! お疲れさまでしたぁっ!」

 思わず全員が拍手していた。

「さぁて、帰りますかぁ!」

「おぅ! 腹減ったなぁ」

 

 帰り道はとても短かった。背中の居候も浮かれていた。

 

 

2007-04-24偽アマゾン撮影隊騒動記

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◆ ほれ見ろ! ピーカンだっ! ◆

 

 翌朝は台風一過。もちろん思いっきりいい天気だ。ピーカンとは両切り煙草のピース缶の事である。青ではなく紺一色の缶の呼び名が、いつの間にか雲ひとつない快晴のことを比喩するようになったのだ。

『あけぼの館』のお姉さんに作ってもらったおにぎり弁当を持ち、『偽アマゾン撮影隊御一行様』がマイクロバスに乗り込んだ。ようやくスタッフ全員の本領発揮の場面がやってきたのである。撮影すべきカット数は多いが、それでもみんないい調子で撮影現場に心を飛ばす。マイクロバスは半周回道路をゆるゆると走る。山本コータローの『岬めぐり』がマイクロの後を追いかけてきた。

 

 コーディネイターの中上さんが妙に落ち着かない。どうしたのか? と思っていると、マイクロを停めた中上さんは、道路脇の草むらに分け入っていった。しばらくして戻ってきた中上さんの手には萎れた花がひとつ。アサガオである。昨日の激しい風雨で落ちてしまったのだろう。

「昨日来た時は、雨の中でもきれいに咲いてたんですよ」

「大丈夫だよ。またすぐ咲くよ」

「そうっすよ、とにかくハードな撮影をチャッチャとやっちゃいましょ」

 

 今日の予定はアマゾンの支流を遡る主人公と情景カットである。島の南部にある仲間川にデッキボートを出し、小舟を引いて上流へと向かう。河口からしばらくは小さな島のわりには川幅があり、川岸にはうっそうとマングローブが生い茂る。穏やかな水面に澄んだ空が映り込む、ファンタスティックな光景が延々と続く。ここまでアマゾンイメージとは! そこら中がシューティングスポットである。フィルムはガンガン廻った。いくつかのクリークで、小舟に乗った石島さんが、覆い被さるシダ類をかき分けながら遡行していく姿を撮る。巨大な板根で有名な、世界最大のサキシマスオウの木を回り込みながら探検を続ける石島さんを収める。写真では何回か見たことがあるが、実物の巨大な板根はやはり圧倒される。しかし残念なことに西表ジャングルの中とはいえ、有名な観光スポットである。ゴミこそないが、踏み固められて足跡だらけの地面が少し興ざめだ。

 石島さんは、探求心が強く一本気な研究者という役どころをうまく掴んでくれている。基本的な演技部分ではほとんどNGが出ない。これはとても助かる。

 午前の撮影は予定通り気持ちよく進み、マイクロの中でおにぎりを食べながら移動する。コータローの『岬めぐり』は相変わらずマイクロの後を追いかけてきている。いい調子だ。

 西表には珍しく、開放感のある広い空間に到着し、撮影を再開する。密林をかきわけて出てきた石島さんが澄んだ大空を振り仰ぐシーンだ。ここで村田監督が難しい顔をする。撮影自体に問題はないのだが、何か気になっている様子だ。これ以降、村田監督が時折厳しい表情を見せるようになるのである。

 

 予定通り撮影が進むということは、撮影隊にとって一番嬉しいものである。『あけぼの館』に帰ると、思いがけずできた夕刻のフリータイムをそれぞれ満喫する。『あけぼの館』が勝手に「庭」と呼んでいる眼の前の海辺に、デッキチェアを向けて一眠りするもの。近場を散策しながら星の砂を集めるもの。待ちきれずに自室でビールを呷っているもの。ロビーで演出談義の熱が入りすぎ、どう考えても喧嘩としか見えないやりとりを延々続ける二人……。いつもの撮影現場と変わらない。こんなにゆったりとした気分になったのは久しぶりだ。

 とにもかくにも撮影初日は全てがうまく廻り、素晴らしい一日であった。『あけぼの館』のオッチャンやお姉さんの人懐こい笑顔がとても素敵に見える。

 

 撮影二日目も素晴らしい天気に恵まれた。

 今日は昨日とは正反対、島の北側にある浦内川へと向かう。『あけぼの館』からは近い。ボートで浦内川をしばらく遡り、一度岸にあがって三十分ほど歩き、西表の名所のひとつでもある「マリウドの滝」に向かう。滝に近づくにつれてドーっという音が足下から伝わってくるようになり、亜熱帯雨林の草いきれの中に爽快な水の匂いが満ちてくる。台風が降らせた雨のおかげで滝の水量は多い。こいつは迫力のある絵が撮れる。二十メートル程の落差で二段になった「マリウドの滝」をバックに石島さんが歩く。ここで奇妙なモノを見た。滝壺を巡った水は岩肌を舐めながら下流を目指していくのだが、この岩肌のあちこちに穴が開いているのである。小さなモノは直径十センチほど、大きいモノでは直径五十センチほどもあるその穴はほぼ垂直に穿たれており、中には相当深いものもある。スタッフ全員の頭上に『???』がたくさん突き刺さった。

 中上さんによると、この穴は長い年月をかけて、水と小石が作り出した芸術であるとのこと。水に運ばれた小石や砂粒が、岩肌のほんの僅かな凸凹にあたり、少しずつ少しずつその岩肌を削り取っていくのだそうだ。良くみると確かに穴の底にはいくつかの小石が水流とともに踊っている。種明かしをされてなお、自然の力の素晴らしさに感動を覚えた。

 さらに川沿いに鬱蒼と茂るジャングルの中を遡り、「カンピレーの滝」まわりを歩く石島さんを撮る。体格のいい石島さんはアマゾン風味の荒っぽい風景によく溶け込んでいる。すでに石島さんは心身ともに、ストイックな研究者になりきっているようだ。ただ歩くだけのシーンでもさすがにうまい。

 

 ジャングルの中を歩く石島さんを撮るために、今回持ち込んだ機材の中には秘密兵器『ステディカム』がある。動く被写体の場合、街中ではレールを敷いてドリーと呼ばれる移動撮影台で被写体をフォローするが、今回のアマゾンシーンのように、地形的な条件が厳しい撮影では、この『ステディカム』が威力を発揮する。これはパイプやスプリングがやたらと絡み合うフレームを「着た」オペレイターが、被写体の動きに合わせて移動するものだ。フレームのおかげで、オペレイターが激しく動いてもキャメラそのものは安定して被写体を追い続けることが可能となる。三十五ミリの機材は大きく重い。オペレイターは密林の中で大汗をかきながら、撮影監督である斎藤さんのOKが出るまで走り続ける。

 

 俺たち映像屋が映画を観て感動する場合には二通りある。ストーリーそのものに入り込んで普通の観客同様に感動する場合と、「どうやってこのカット撮ったんだ?」「この撮影すごく大変だったろうな」という職業目線で感動する場合だ。場合によっては、本編が終わってから流れるスタッフロールを観て「オォーッ!」ということさえある。

 

 いいスタッフといい役者、圧倒的な自然。う〜ん、何て素晴らしい仕事なんだ!

2007-04-15偽アマゾン撮影隊騒動記

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◆ 西表のツナ缶 ◆

 

 ふと我にかえると、不思議な事にそこはすでに西表島の大原港だった。風雨は若干弱まったものの、西表はまだまだ元気な台風の余韻を引きずっている。

 俺たちは一様に外海に出てからの記憶を失っていた。あの『うちな〜ぐち』訛りのジョージ・クルーニーは、俺たちを降ろした後、休むでもなく再び石垣島に向けて、一人でパーフェクト・ストームしに戻って行った。世の中にはとんでもない人物がいくらでも居るもんである。

 はっきりと覚えているのは、西表島大原港に上陸した時、安定しているはずの大地(島を大地と呼んでも差し支えなければ)が、ジョージの船より激しく上下動しているという感覚が、なかなか治まらなかった事だ。上陸してしばらくは船酔いがぶり返し、陸揚げされた冷凍マグロのような、何の役にも立たない四人が埠頭に転がっていた。

 

 そんな役に立たないマグロを買い付けにやってきた物好きな連中がいた。先乗りしていた撮影部チーフ・アシスタントの有吉とコーディネイター中上さんだ。

「お疲れさま〜!」

「漁船で来たんですってぇ? そりゃ大変だったでしょ?」

 まだまだ結構な雨と風の中だというのに、やけに明るい二人の声が、虚ろな頭蓋骨の中に固定されるまで、しばらく時間を必要とした。

「……何で……そんなに……元気なの? ……有ちゃん」

 マグロが喋るというのは恐ろしく大変なんだ、ということに気が付いた。

「うちら昨日は一応フェリーですからね。多少荒れてましたけど楽なもんでしたよ」

「……助けて……お願い……」

 

 解凍しきれていない四本のマグロは、酔狂な仲買人の手でマイクロバスに押し込められた。マイクロバスは、島の東海岸沿いをぐるりと巡る半周回道路を宿に向かってゆるゆると走る。バラバラと大きな音とともに屋根を叩く雨の音。ハイスピードでシャカシャカ動く割りには、あまり誉められた仕事量ではないワイパー。それでもついさっきまでとは比較にならない快適さである。このマイクロがどれほど揺れようが、年齢および体力制限のやたらと厳しい、エンドレス・ウルトラ絶叫マシーンに比べれば、二歳児でも安心なダンボのメリーゴーラウンドだ。目的地は西表島唯一の宿『あけぼの館』である。何とも心休まる収まりのいい名前じゃないか

 ……『あけぼの印のツナ缶』。

 

『あけぼの館』に着くころには、マグロは何とか人間風に解凍が進んでいた。宿の前まで出迎えてくれたみんなと再会した時、ふと『これなら本物のアマゾンに行った方が楽だったに違いない……』という思いが頭の中をよぎった。

「お疲れ〜。なんだなんだ、着いたそうそうへばった顔して」

「いやぁ、着いたそうそう思いっきりへばってんです」

 撮影監督の斎藤さんが俺の頭をコツンと叩いた。それはなんだか心地よい痛みだった。

 

「ロケハンは終わってるよ。後は天気が回復するのを待つだけ」

 リー・バン・クリーフにそっくりで、いつもレイバンのサングラスをかけている村田監督が優しく状況を伝えてくれる。

「アサガオも咲いてるってさ」

「ちょっとだけ気になるのは、広い画が難しいってところかな? まぁ何とかなるんじゃない?」

 確かに亜熱帯雨林は似ていても、アマゾンと西表ではまったく規模が違う。でも何とかなりそうなら気にすることも無いか……。

 

 ミーティングはそのまま明日以降の好天を願う、映像屋お定まりの『お天気まつり』に移行していった。

「晴れろ〜!」

「おぅい誰か気象庁仕切って来いっ!」

「だいじょぶっす! 出発前にひとこと言っときましたぁ!」

「泡盛大スキ! サイコー!」

「もう呑めねぇ、お代わりっ!」

 

 俺たちの騒ぎとは無関係に、西表の夜は淡々と、しかし深く沈んでいくのであった。

 

 

2007-04-10偽アマゾン撮影隊騒動記

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◆ Perfect Storm 沖縄版 ◆

 

 那覇に着いて東京の小林に連絡を入れると、そのまま石垣へ行けという指示だ。しかし時間が遅い事もあり、台風の影響で那覇〜石垣島間のANKは全滅である。先乗りした撮影部は既に西表入りしたとの事。取りあえず後続の俺たちに今出来ることは何もない。空港そばのビジネスホテルに飛び込み、とにかく体を休めることにした。

 翌朝空港に行くと、やはりまだ暴風雨の影響で欠航が目立つ。幸いこの天候のせいかキャンセルが相次ぎ、待機時間こそたっぷりあったものの、比較的すんなりと石垣島へ渡ることができたのである。この『すんなり』は、あくまでも羽田と比較して、である。

 たくさんの機材があるため石垣空港からタクシーに分乗し、離島桟橋というとんでもない名前の埠頭に降り立った俺たちを待っていたのは、フェリー全便欠航を非情に告げる案内。昨日一便だけ出航したフェリーに、なんとか監督と撮影部が潜り込むことができ、先乗りして可能な限りロケハンを進めておくこととなっている。俺たちが西表に渡る手段はいったいあるのだろうか?

 ここまで来てまた足留め? 目と鼻の先だというのに……。

 

 俺たちは手分けして、あちこちに西表便の問い合わせを続けていたが、軒並み断られ続け諦めムードが漂っていた。もう午後も半ばを過ぎている。

(ついてねぇなぁ……)

 そこに美術の藤田さんが走って来た。

「行ってくれるって! 西表!」

 藤田さんは最後に漁船に声をかけてみたと言う。

「どっちみちこの天気じゃ漁なんてできないから、行ってくれるって!」

「大丈夫なの? この天気で」

「俺たちが耐えられるなら問題ないってよ」

「耐えられる耐えられる!」

「よぉし、行きましょう!」

 

 暴風雨の合間を縫って、俺たちは小さな漁船に機材を積み込んだ。撮影隊が一番大切にするのはキャメラである。人よりもキャメラである。キャメラマンの代わりは最悪何とかなるとしても、キャメラが壊れたらもう何もできないからだ。キャメラそのものは先乗り隊がすでに持って行っているが、周辺機材はまだまだたくさん残っている。これはつまり、小さな漁船の一番おいしい位置は、撮影に関わるモノを中心とした機材の山が占めるということである。このことについては誰にも異論がない。

 

「あんたらもしっかり掴まっときなよ」と言う、船長さんと呼べばいいのか船頭さんと呼べばいいのかあいまいな初老のオジサンに、全員が異口同音に「問題ないっす。お願いします!」と、威勢良く返したのを合図に船はエンジン音を高めていった。

 俺たちは一様に安堵していたのである。とにかくいろいろあったけど、もうすぐ西表島へ行けるんだ……と。ここまでの長い長い道のりを思い返しながら『よく頑張ったな』と自分たちの事を慰めていた。

「あんたらも大変だネェ、こんな日にわざわざ西表かい?」

「いえいえ、仕事ですから」

 俺たちの返事には「♪」が付きそうな勢いである。くつろぎ始めた俺たちを乗せた船は、埠頭を回り込んで外海に出ていこうとしていた。風雨はまだまだ激しい。

「こっからちょっと揺れるヨォ」

 船長兼船頭さんが、場違いな程暢気な口調で操舵輪をグルリと廻した。その直後、船長兼船頭さんを除く全員が有無を言わさずデッキにへばりつく事となった。

 

 どこが「ちょっと揺れる」だ! 遊園地の絶叫マシンが、まるでオモチャじゃんか!

 舳先が波に乗り上げていく時は、何かに掴まっていないと体がズリズリと船尾に向かって滑っていく。波頭を越えた瞬間、体はその空間に置き去りとなり、船だけが波の谷間に向かって真っ逆様に落ちて行く。俺たちは船に結ばれた命綱に引っ張られ、一瞬遅れてその後を追う。遊園地の絶叫マシンはせいぜい一〜二分も乗っていれば一周終わるのである。しかも安全バーがもれなく付いてくる。ところがこの天然絶叫マシンは、果てしなく果てしなく俺たちを翻弄する。持ち上げ、振り回し、叩きつける。ライフジャケットと命綱の何と頼りないことか。ここに至って全員が、フェリー欠航の意味を体で思い知らされたのである。今であれば、さしずめジョージ・クルーニー主演の映画『パーフェクト・ストーム』を地で行ってるという感じだろう。

「あ〜っ……」

 塩辛い波しぶきをたっぷりと浴びながら、そして反乱に立ち上がった胃の存在を嫌というほど生々しく感じながら、俺たちは頭の中が真っ白になっていくのを虚ろに感じていた。

 

 

2007-04-05偽アマゾン撮影隊騒動記

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◆ 沖縄へ……? ◆

 

 西表のコーディネイターからはいい反応が返ってきた。『アゴ・アシ・マクラ』もバッチリである。機材の手配も済んだ。さて明後日は沖縄に向けて出発だ! という時に、嫌なニュースが耳に入ってきた。ANAとANKがストライキ突入というのである。

「うっそー!」

「とにかく予定通り羽田に集合しよう。飛ばないならそこで対策考えるしかないだろ」

 沖縄に向かうスタッフは、村田監督と助監督。撮影監督の斎藤さんとチーフアシスタント、セカンド。ステディカム・オペレイター二名。美術監督の藤田さん、主人公を演じる役者の石島さん、そして俺、の総勢十名。

『頼む、飛んでくれ!』という全員の思いは虚しく裏切られ、早朝羽田に集合した俺たちを待っていたのは、『出発未定』の文字の行列と右往左往する人々の群れ。膨大な機材を積み上げたカートを転がす俺たちは、いつも以上に邪魔っけな存在だったろう。クライアント対応のため東京に残る、小林・古田・蔦野の心配そうな顔はすでに脳裏から消えていた。

 俺は九州沖縄方面に飛ぶ便の全てにエントリーしなおした。キャンセル待ちにも突っ込み、後は待つだけだ。断片的に聞こえてくる情報によると、どうやらストは解決方向には向かっているらしい。しかし飛行機はエプロンにリベットで留められているかのように動き出す気配はない。他にやることもない俺は時々状況を小林に伝えるだけである。

 羽田でのスタンバイが三時間を越えようとしていた頃、公衆電話の向こうから小林の一回り大きな声が俺の耳に飛び込んできた。

「沖縄、台風来てるんだって!」

「台風? 何で? 五月だよ五月!」

「んな事言ったって来てるんだもん、台風。結構元気な奴が」

「ダメだよ、そんなの反則だよ! 何とかしてよ」

「んな事は台風に聞いてくれ!」

 ……と言われても、台風には眼こそあるが、耳も無ければ口も無い。とても言うことを聞いてくれそうもない。

 年間を通して一番天候が不安定なのは、実は梅雨時ではなく五月である。「五月晴れ」と言われるのは、気持ちよい晴れの日があまりないことから、貴重な日という意味合いが含まれているのである。しかし、よりによってこのタイミングで台風とは……。

 ストは回避された。しかし案の定、沖縄方面へのフライトは台風の影響で再開未定との放送が流れる。北行のボードは少しずつ繰り上がって行くが、沖縄便は微動だにしない。諦めて空港から引き返す人々もぼちぼち出始めている。俺はキャンセル待ちの状態を何度も確認しに行った。

「一便出るよ!」

 午後になって待望の那覇行きが飛ぶことになった。ラッキーな事に早朝からキャンセル待ちに突っ込んでいたおかげで、取りあえず六名分のシートをゲットできたのである。まずは撮影の準備が最優先されるので、演出部と撮影部を先に送り出すことになった。とにかく那覇まで行けばなんとかなるだろう。先発隊に那覇から先の行程確保について依頼し、合流の段取りを決める。携帯電話などまだ普及していない頃なので、連絡の拠点は KUSUBURIアドバタイジングのデスクに張り付いている小林を中心とすることとなった。

 暴風雨を伴う台風は西に逸れて行きつつあるらしい。飽きっぽい性格の台風なのか、急に発生し、早いスピードと強い勢力で北上したかと思うと、クルリと行き先を変えたようだ。

 しばらくの待機の後、次の那覇行きに残った四人が乗れることになった。とにかく「まずは沖縄」である。空港ロビーの床に根を張ろうとしていた腰を、俺たちはようやくの事で持ち上げた。